【秋山黄色】の「Caffeine(カフェイン)」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。
✔ 生々しく描かれる主人公の絶望
✔ カフェインに溺れた青年の悲痛な叫び
巧みに用いられる比喩表現。その裏にある真実に迫ります。
スポンサーリンク
楽曲の基本情報
今回紹介していく「Caffeine」は秋山黄色1st Full Album「From DROPOUT」収録曲。
アルバム収録曲の中で最も古い曲とのことで、秋山さんが18歳くらいの頃に原曲を制作されたそうです。
ドラマ「10の秘密」の主題歌「モノローグ」を歌い上げるなど、階段を駆け上がるように爆発的な勢いで存在感を増していく秋山黄色。そんな彼の原点ともいえる一曲です。
製作時の秋山さんは所謂 ”引きこもり” だったとのこと。楽曲の背景には、薄暗く気だるい当時の生活があったようです。
楽曲名「Caffeine」とは
「Caffeine」とは、主にコーヒーやエナジードリンクなどに含まれる薬物の一種のこと。
眠気を払い、集中力を高めるなどの軽い興奮作用があるため世界中で広く利用されています。
しかし良い効用の一方で副作用としてめまいや倦怠感をもたらし、過剰な摂取は身体に大きな悪影響を及ぼすことも。
頻繁に摂取していると体がカフェインの刺激に慣れてしまうため、慢性的に過剰量を摂取してしまう【カフェイン中毒】に陥ってしまう例も珍しくありません。
かく言う筆者もかつてはカフェイン常用者で、毎日エナジードリンクを摂取しておりました。
この楽曲名が歌詞の内容とどう関与しているのでしょうか。さっそく本題の歌詞を見ていきましょう。
歌詞
もう何回うずくまってしまったか
覚えていない位には
切ない匂い 覚え過ぎたんだ
排水口 なだれ込んだ心の中身達シンクにレモネード 零した次の夜が
目を閉じ 開けた時には
すぐ傍まで顔を見せている叶わない思いの類が
バスルームのノブを落として
一人に慣れた最近をまだ叫んでる最後のお願いを聞いておくれ
僕の事を十秒間だけでいいから教えてよもう何回一人で死んでしまったか
覚えてない位には
切ない匂い 苦し過ぎたんだ
枕の上 倒れこんだ心の灯たち子供が永遠笑っているような純粋な事では
消せない病気 隠し過ぎたんだ
その幸せ 包み込んだ後ろの歪み達シンクにレモネード流したはずの夜が
空っぽの僕を笑うような疼きで瞳が冷える何もかも揃えた世界が「必ず」にクロスを掛けた
一人で泣いた現実は狂っていなくて最期のお願いを聞いておくれ僕の事を
切り開いていいから皆同じ物を流してシンクにレモネード
零した作詞:秋山黄色
歌詞の意味・解釈
1番
もう何回うずくまってしまったか
覚えていない位には
切ない匂い 覚え過ぎたんだ
排水口 なだれ込んだ心の中身達
曲中で直接触れられることはありませんが、曲名から察するに楽曲の主人公はカフェインに依存した暮らしを送っている様子。
歌詞の中では、主人公の描写のいたるところにカフェインの副作用とみられる症状が表れています。
カフェイン飲料の切ない匂いを覚えすぎるほどにカフェインに依存し、副作用による倦怠感で何度も何度もうずくまる。完全なカフェイン中毒者。
「排水口 なだれ込んだ心の中身達」は嘔吐の間接的な描写でしょう。過剰摂取により催される強烈な吐き気。嘔吐により体の中身をぶちまけると同時に、主人公は心の中身を失うように空虚な気持ちになるのです。
シンクにレモネード 零した次の夜が
目を閉じ 開けた時には
すぐ傍まで顔を見せている
「シンクにレモネード」。これもオブラートに包んだ嘔吐の描写。流し場でレモネードにも似た液体を流している、といわれればなんとなく見たくもない情景が浮かんできます。
嘔吐の後に心も体も空っぽになり、主人公は再び目を閉じ眠りにつきます。
しかしカフェイン常用者にとって、苦しい状況を打開する手段はカフェインそのもの。
再び目が覚め、新しい何かを始めようとしたときに主人公はもうカフェインに手を伸ばしているのです。
カフェインを飲んで眠る、と聞くと矛盾しているようにも思えますが、毎日摂取していれば慣れてしまうので多少飲んだとて眠気は消えません。
叶わない思いの類が
バスルームのノブを落として
一人に慣れた最近をまだ叫んでる
バスルームのノブに手をかける。
目が覚め、ようやく新しい一日を始めようとバスルームへ一歩を踏み出す主人公。
だけどカフェインに蝕まれ、思いも満足に叶えられないボロボロの身体はそんな彼の歩みさえ拒んでしまうのでした。扉を掴むその手さえおぼつかなかった様子。
慣れたはずのカフェインまみれの孤独な日常。でもまだすべてを諦めてしまったわけではない。
絶望から抜け出したい主人公は必死に声を上げます。
サビ1
最後のお願いを聞いておくれ
僕の事を十秒間だけでいいから教えてよ
繰り返される高揚感と倦怠感、そして強烈な吐き気。嘔吐とともに心の中身までシンクにこぼし、心身ともに空っぽの主人公。
自分っていったい何なんだ。一体俺は何がしたいんだ。
何もかもわからなくなった青年は、必死に「僕のことを教えてくれ」と願うのでした。孤独と憂鬱、そしてカフェインに犯された少年の悲痛な叫び。
スポンサーリンク
2番
もう何回一人で死んでしまったか
覚えてない位には
切ない匂い 苦し過ぎたんだ
枕の上 倒れこんだ心の灯たち
2番でも1番と同じように、カフェインにぐちゃぐちゃに狂わされた心が描写されていきます。
飲んだ瞬間の安心感と引き換えにもたらされる、死を覚えるような苦しみ。
起きて飲んでまた苦しんで、せっかくの心の灯は倒れてゆく。
光の見えない主人公の絶望は繰り返されていきます。
これだけ生活を狂わされているのに、それでもなおカフェインから逃れられない。依存の背景にはもっと大きな暗闇がありそうです。
子供が永遠笑っているような純粋な事では
消せない病気 隠し過ぎたんだ
その幸せ 包み込んだ後ろの歪み達
子供が永遠笑っているような、ピュアな幸せ。
そんなものではもはや救われないくらいには、彼は中毒をこじらせてしまっています。
幸せを素直に受容できない歪んだ精神。
症状を隠し続け、もはや今更打ち明けるような相手もいない孤独。そんな状況から逃れるために、再びカフェインに手を伸ばす。どうしようもない負の連鎖が続いていきます。
シンクにレモネード流したはずの夜が
空っぽの僕を笑うような疼きで瞳が冷える何もかも揃えた世界が「必ず」にクロスを掛けた
一人で泣いた現実は狂っていなくて
嘔吐で空っぽの体。そんな自分を嘲笑うように訪れる疼き。体の奥底が新たな水分を求めるように痛むのはカフェイン常用者なら共感できる苦しみです。そしてまたカフェインを欲してしまう。
「必ずにクロスをかけた」の「必ず」は恐らく「必ず何かを成し遂げたい」といった主人公の志でしょう。
何かやろうと思えばすぐに始められる。何か欲しいと思えば何でも手に入る。
そんな何もかも揃えた世界は、カフェインという魔法とともに確実に主人公の希望に✖をつけていくのです。どんな望みも叶いやしない。こんな世界狂ってる。そう思いたくなるくらい、追い詰められた主人公。
しかし狂っているのは自分の精神だけで、どれだけ涙を流そうともこの世界は正常に動いているのでした。
シンクにレモネードを流した “はずの” 夜。もはやそれすら曖昧なくらいに、彼の生活は壊れ果てています。
ラストサビ
最期のお願いを聞いておくれ僕の事を
切り開いていいから皆同じ物を流してシンクにレモネード
零した
孤独と憂鬱に沈み、カフェインに溺れた主人公の最後の願い。それは自分を切り開いてでもいいから、皆に「同じ物を流して」もらう、つまりは同じ絶望を感じてもらうことでした。
もう自分がどうなってもいい。
せめて誰かこの痛みをわかってくれ。
誰か同じ苦しみを味わってくれ。
どうか俺を一人にしないでくれ。
カフェインに溺れてゆく青年は、一瞬の高揚感と引き換えに今日も一人シンクにレモネードを零しているのでしょう。
感想
カフェイン中毒の青年の絶望を歌った救いのない一曲。
しかし主人公の最後の願いの背景には、もっと大きな社会の暗闇を感じます。カフェインに依存せざるを得ないような、どうしようもない孤独や憂鬱。
カフェインによる中毒症状は、彼の苦しみの氷山の一角に過ぎないのかもしれません。
【秋山黄色/Caffeine】
歌詞の意味の解釈でした!
スポンサーリンク
コメント