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【きゃない/紫陽花】歌詞の意味を徹底解釈!浮気を題材にした教訓深いラブソングを深読み。

2番

自惚れたらいいよ 夏を知らずに死んだ桜
理由もわからないよね 思い通りで
楽しかったわ

自惚れとは「それほどでもない人」がナルシスティックな状態であることを示します。

昔の男のことを「枯れた花」なんて言っちゃう彼女自身を示す言葉にはぴったり。

 

そして文字通り「自惚れた彼女の情景」が2番歌詞では描かれているのですが、ここで思い出しておきたいのは1番で垣間見えた彼女の後悔や鬱感です。

 

枯れた花を思い出して紫陽花に水をやる。

その情景は自身が生み出したもの。それなのに現状に対するマイナスな感情が彼女の中で芽生えてしまったのです。だからこそ「いっそ自惚れて吹っ切ろう」というのが現在の彼女の心理なのでしょう。

 

サビ2

咲いた花が枯れても恋は移ろう
暮らしに甘えた私は過去よ
紫陽花の花に水をやりながら
濡れた季節を思い出す

サビ1と類似した歌詞ですが、一文目の<咲いた花が枯れても恋は移ろう>「恋は移ろうの主語=枯れた花」であると捉えると、楽曲の展開にもマッチしますし解釈が面白くなってきます。

 

浮気した彼女自身の恋が移ろうのと同様に、時間が経てば浮気された側の恋が移ろうのも至極当然。

 

彼の優しさや好意に甘えることができた私はもういない(過去のもの)、そう感じてさらに憂いを抱えながらも紫陽花の花(当時の浮気相手)に水をやり続けていく。

 

また濡れた季節というのは、元彼(枯れた花)と過ごしていた季節を表しています。

紫陽花(浮気相手)にも水をやっているのに【濡れた季節=元彼と過ごしていた季節】の方程式が成り立つのは、本当に濡れていた(愛情を注いでいた)のが元彼であったことを示唆しているのではないでしょうか。

 

3番

いっそこのまま飛び降りたら
そこから何か始まるかな
無色透明な世界を全て 紫で濁したい
水を誰かを光を 浴びても何も感じないの
一番枯れた花は私 私だったの
アタシだったの

ラスト3番で描かれていくのは、恋の移ろいを繰り返した果てにたどり着いた、彼女自身の圧倒的なやり切れなさと悲痛な現実。

 

水を誰かを光を 浴びても何も感じないの。

移り気で高飛車な彼女はどんな水(愛情)を注がれても何も感じてしまったのです。自分の愛が移ろいが相手にも当てはまると無意識下で感じてしまっているのかも知れません。

 

一番枯れた花は私 私だったの。

裏切りを知った者だけに疑いが芽生えるように、自らの汚れのせいで枯れた自分自身に気付いて楽曲は終幕を迎えていく。

 

きゃないさん自身は「浮気を肯定した楽曲」であると称していましたが、その実態は浮気による副作用も描かれたかなり教訓深いラブソングだったのかなと思います。

 

【きゃない/紫陽花】

歌詞の意味の解釈でした!

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