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【King Gnu/Overflow】歌詞の意味を徹底解釈!家入レオに提供した泥臭いラブソングを深読み。

アルバム「CEREMONY」の収録曲であり、

2019年に家入レオに提供した楽曲である

【King Gnu(キングヌー)】

「Overflow(読み方:オーバーフロー)」について

歌詞の意味を徹底的に

考察および解説していきたいと思います。

物語性に富んだ泥臭いラブソング

に注目です。

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楽曲の基本情報

今回紹介していく「Overflow」は、King Gnuの第3弾アルバム「CEREMONY」の9番目に収録される楽曲。

 

もともと本楽曲は、King Gnuの常田さんがシンガーソングライターの「家入レオ」さんに楽曲提供したものであり、2019年4月にリリースされた家入レオのアルバム「DUO」に収録されていました。それをKing Gnuとしてセルフカバーしたのが「CEREMONY」に収録される「Overflow」です。

 

ここからは裏話ですが、家入レオさんはKing Gnuの第1弾アルバム『Tokyo Rendez-Vous』を聴いて、「すごい同世代の方が出てきた」と思ってオファーを送ったのだそう。

 

ただ「Overflow」が家入レオさんの楽曲イメージかと言うとそうではなくて、楽曲は完全にKing Gnuの色が滲み出ています。

 

それもそのはず、楽曲に関する打ち合わせをした際に家入さんは「King Gnuそのもののエッセンスをください」と依頼をしたとのこと。

強力なコラボだったなんだなと改めて。

では楽曲背景はこのくらいにして、楽曲考察に移っていきますね。

楽曲名「Overflow」とは

「Overflow」とは

  • 内容物が容器からあふれること
  • 河川や水路が氾濫すること

という意味になっています。

 

まさに上の写真のように、

扱える量の許容範囲の最大値を超えた状態

のことを示します。

 

歌詞でも

「オーバーフローしているんだ」

とタイトルの「Overflow」という単語が繰り返し綴られていくのですが、本楽曲におけるオーバーフローの意味は歌詞全体を読み取っていくことで、言わずもがな見えてきます。

 

サルー
サルー

ということで、さっそく本題の歌詞に迫っていきましょう。

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歌詞

幸せの対価に、どれ程の価値が要るかなんて
知る由もない、知りたくも無い
確かなものに手を伸ばしたい

自分の替えなど
いくらでもいるんだ
自惚れんなよ
世界はそんなもんだって
生きてりゃわかるさ

ガムシャラに
命を燃やし続けて
デタラメに
刃を振り回した

オーバーフローしているんだ
日々に雁字搦めなんだ
臆病風になびいてしまう前に

愛を探しに行くんだ
君に逢いに行かなくちゃ
あと一度だけでいい
初めからやり直せるはずさ

みっともないって呆れてくれよ
惨めだねって罵ってくれよ
見捨てずにまた遊んでくれよ
昔みたいに笑ってくれよ

夢ばかりを見てたいわけじゃない
如何しようも無い今を愛していたい
なんて戯言を言っていたい

どうにもこうにもうまくいかない
脳味噌オフ→事故→向かう泥仕合
こんな時ほど素直になりたいよな

ガムシャラに
命を燃やし続けて
デタラメに
刃を振り回した

困った事になったな
君に雁字搦めなんだ
未だ平静装い鼻歌交じりで

愛を探しに行くんだ
君に逢いに行かなくちゃ
もう一度だけでいい
初めからやり直せるはずさ

オーバーフローしているんだ
大切なものなんて
数える程しかないの

愛を探しに行くんだ
気づかぬうちに
欲張りすぎてしまった

オーバーフローしているんだ
日々に雁字搦めなんだ
臆病風になびいてしまう前に

愛を探しに行くんだ
君に逢いに行かなくちゃ
あと一度だけでいい
初めからやり直せるはずさ

困った事になったな
君に雁字搦めなんだ
未だ平静装い鼻歌交じりで

愛を探しに行くんだ
君に逢いに行かなくちゃ
もう一度だけでいい
初めからやり直せるはずさ

みっともないって呆れてくれよ
惨めだねって罵ってくれよ
見捨てずにまた遊んでくれよ
昔みたいに笑ってくれよ

作詞:常田大希

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歌詞の意味・解釈

1番

幸せの対価に、どれ程の価値が要るかなんて
知る由もない、知りたくも無い
確かなものに手を伸ばしたい

 

歌詞全体の考察を終えたうえで、はじめにお話ししますと「Overflow」は、友人に好意を抱いてしまった男の片想いラブソングという線が最も濃厚なのではないかと考えています。

 

聴き手によっては、復縁を願う歌や別れを後悔している歌にも感じることはできるとは思いますが、今回は上記の仮説で歌詞を噛み砕いていきます。(個人的にこの仮説がもっとも心に響きました)

 

“幸せの対価”とは、すなわち幸せの代償のことで、「幸せになるには何を支払えばいいのか?」という自問自答を主人公は行っています。

 

ただ本楽曲の仮説で述べたように、主人公と愛する君は友人関係にあります。だから対価なんて「知りたくも無い」と綴られている。この関係における対価とは友人関係が崩れてしまうことになりますね。

 

サルー
サルー

似たような境遇を経験したことがある方は共感深い部分なのではないでしょうか。

友人関係、、、とはいえ芽生えてしまった「愛」は確かなもの。だから「確かなもの(愛)」に正直に“手を伸ばしたい”と、焦燥感が混じるように主人公の本音が綴られていきます。

 

自分の替えなど いくらでもいるんだ
自惚れんなよ 世界はそんなもんだって
生きてりゃわかるさ

なぜ“手を伸ばしたい”ひいては“手を伸ばさないといけない”と主人公が感じているのかと言うと、「自分の替えなどいくらでもいる」と理解しているから。

 

そのソースはきっと毎日を幸せに過ごしている君の姿を近くで見てきたからなのでしょう。「生きてりゃわかるさ」とあるように、友人として君を見ていたときから君はいつも楽しく満足げに生活を送っていた。

 

もちろん君は主人公との「友人」としての関係性にもきっと満足している。主人公が手を伸ばさない限りは、今の関係性が変化することはない。

 

ガムシャラに 命を燃やし続けて
デタラメに 刃を振り回した

この場合の“命を燃やし続けて”というのは「恋焦がれて」とも比喩できる。直線的で熱い主人公の恋心を表しているのでしょう。

 

主人公はガムシャラに君に想いを伝えようとしています。

 

しかし「刃」という言葉が使われているように、ガムシャラ過ぎる主人公の行動は君との関係を「引き裂いてしまう」結果ばかりを生んでしまうのです。想いの強さ故に、悔しくも空回りばかりしてしまうのだ。

サビ1

オーバーフローしているんだ
日々に雁字搦めなんだ
臆病風になびいてしまう前に

ここでタイトル名「オーバーフロー(Overflow)」が歌詞中に登場する。

 

タイトル名の解釈でも述べたように、オーバーフローという言葉は許容範囲の最大値を超えた状態を意味します。

 

歌詞の流れから読み解くにオーバーフローしてしまったのは、ズバリ主人公の恋心と言える。大きすぎる恋心故に、空回りして日々に雁字搦め(がんじがらめ)になってしまっているのです。

愛を探しに行くんだ
君に逢いに行かなくちゃ
あと一度だけでいい
初めからやり直せるはずさ

みっともないって呆れてくれよ
惨めだねって罵ってくれよ
見捨てずにまた遊んでくれよ
昔みたいに笑ってくれよ

雁字搦めになってボロボロになってしまったとしても、大きすぎる恋心は君を諦めることができない。

 

だから「あと一度だけでいい」と自分に言い聞かせ、君に振り向いてもらえるように、どうにかして好意を伝えようとしている。「初めからやり直せるはず」というのは、「リセット」というよりは「リスタート」の意が強いのだと思います。

 

ただ何度アタックしても、友人としての関係を覆ることはできないのでしょう。情熱的に思いを寄せる主人公でも、否が応でも現実を受け入れてきます。

 

だから後半の歌詞では「みっともないって呆れてくれよ」と開き直って笑い話に転換しようとしている。そうしないと明るい関係性を保てないから、惨めと知りながらも現状の関係性を受け入れようとしているのです。

 

サルー
サルー

楽曲イメージとしては「攻撃的なロック」なのに、歌詞がめちゃくちゃ切ない、、、

 

このあと主人公の心情はどのように揺れ動いていくのでしょうか。

2番に続きます。

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