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【ヨルシカ/嘘月】歌詞の意味を徹底解釈!主人公の美しき思い出と怒涛の結末。

【ヨルシカ】「嘘月」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

注目ポイント

✔ タイトル「嘘月」の意味

✔ 散りばめられた一世紀前の俳句

✔ それまでの歌詞を打ち消すラスサビ

 

骨助
骨助

終盤の歌詞は必ず聴く者の心に突き刺さります。是非最後までお読みください…!

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テーマは「思い出の中の街」

ヨルシカ「嘘月」×『泣きたい私は猫をかぶる』PV

今回紹介していく「嘘月」はNetflixで配信されている長編アニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』のエンドソング。

 

ヨルシカは同映画に「花に亡霊」「夜行」「嘘月」の3曲を提供しており、作詞されたn-bunaさんは

ヨルシカ自体がコンセプトありきの作品を作るバンドなので、何処までこちらの世界観で作ってしまっていいのかという心配をしていましたが杞憂でした。ファーストコンタクトで監督から自由にやってくださいと言われた時は心強かったです。
次作のアルバムコンセプトの一つが春から初夏にかけての空気感、だったので、映画の世界観と外れないだろうと思い、その時書こうとしていたものをそのままアウトプットしました。三曲どれも、想い出の中の街をテーマに描いた曲です。
(中略)
「嘘月」  …嘘つきです。歌詞の節々に尾崎放哉の句を散りばめています。

とコメントしています。

映画のストーリーを反映した楽曲というよりは、「思い出の中の街」というヨルシカの世界観の上で誕生した楽曲であるといえそうです。

 

尾崎放哉は100年ほど前の時代の俳人で、五・七・五のリズムに捕らわれない自由律俳句の代表的歌人

「咳をしても一人」「たつた一人になりきつて夕空」など、独特のスタイルながら心奪われる俳句を数多く残しています。どことなくヨルシカの世界観に近いものも感じますね。

 

歌詞考察では一体どの歌詞が尾崎放哉の句であるのかも特定できた範囲で説明いたします。

 

 

 

骨助
骨助

考察に当たり、ネット上で公開されていた膨大な量の尾崎放哉の句を読み漁りました…

楽曲名「嘘月」とは

「嘘月」はn-bunaさんのコメントにもあった通り、「嘘つき」に「月」という漢字を当てた造語

 

楽曲の中で「夜」「月」といった歌詞が数多く登場するので、楽曲の情景を「月」と端的に言い表したタイトルであるといえるでしょう。

 

しかし歌詞をぱっと読んでみただけだと、一体何が「嘘つき」なのかはイマイチ見えてきません。

一体タイトルは何のことを指していて、何を歌った楽曲なのでしょうか。

 

骨助
骨助

さっそく歌詞を見ていきましょう…!

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歌詞

雨が降った花が散った
ただ染まった頬を想った
僕はずっとバケツー杯の月光を飲んでる
本当なんだ
夜みたいで薄く透明な口触りで
そうなんだって笑ってもいいけど
僕は君を待っている

夏が去った 街は静か
僕はやっと部屋に戻って
夜になった こんなよい月を一人で見てる
本当なんだ
昔の僕は涙が宝石でできてたんだ
そうなんだって笑ってもいいけど

声はもうとっくに忘れた
思い出も愛も死んだ
風のない海辺を歩いた
あの夏へ

僕はさよならが欲しいんだ
ただ微睡むような
もの一つさえ言わないまま
僕は君を待っている

歳を取った一つ取った
何も無い部屋で春になった
僕は愛を底が抜けた柄杓で飲んでる
本当なんだ
味もしなくて飲めば飲むほど喉が渇いて
そうなんだって笑ってもいいけど
僕は夜を待っている

君の鼻歌が欲しいんだ
ただ微睡むような
もの一つさえ言わないまま
僕は君を待っている

君の目を覚えていない 君の口を描いていない
もの一つさえ言わないまま
僕は君を待っていない
君の鼻を知っていない 君の頬を想っていない
さよならすら言わないまま
君は夜になっていく

本当なんだ 夜みたいで薄く透明な口触りで

作詞:n-buna

歌詞の意味・解釈

1番

雨が降った花が散った
ただ染まった頬を想った
僕はずっとバケツー杯の月光を飲んでる
本当なんだ
夜みたいで薄く透明な口触りで
そうなんだって笑ってもいいけど
僕は君を待っている

雨が降った日、漠然と「君」の姿を思い浮かべる主人公の回想から楽曲はスタートします。

 

「ただ染まった頬を想った」

君の「染まった頬」を想う。

主人公と「君」という人物は竹馬の友のような関係ではなくて、きっと主人公の言葉で「君」が照れくさくて頬を染めるような淡い恋愛関係にあったのだろう、なんてことがここで暗に示されます。

雨の日にふとそんな情景を思い出すくらいに、主人公にとって君と過ごした記憶は美しいものであるようです

 

「僕はずっとバケツー杯の月光を飲んでる」

ここでのバケツ一杯、というのは「一人で飲む量としては過剰量である」といった意味合いではないでしょうか。

雨が上がり、一人ではとても味わいきれないくらいに美しい月光が自分を照らしているのに、誰もこの感動を共有する人がいないから自己完結するしかない。主人公は孤独を嘆いています。

 

共に月光を嗜む「君」を僕は待っている。

僕と君の想いでは過去のもので、現在の二人は時間を共にする関係ではありません。

 

 

夏が去った 街は静か
僕はやっと部屋に戻って
夜になった こんなよい月を一人で見てる
本当なんだ
昔の僕は涙が宝石でできてたんだ
そうなんだって笑ってもいいけど

「夏が去った」

そうあえて冒頭で告げられていることを考えると、この楽曲の歌詞の世界には時間が流れているように感じられます。きっと先ほどの歌詞よりも、この部分の歌詞は時系列的には後の出来事なのでしょう。

 

夏が去った静かな街。部屋に戻った主人公に、ここで夜が訪れます。

 

「こんなよい月を一人で見てる」

これはn-bunaさんのコメントにあった俳人・尾崎放哉の『こんなよい月を一人で見て寝る』という自由律俳句を模したものでしょう。

こんなにも月が綺麗であるというのに、私は一人で眺めて眠りにつくことしかできない。そんな孤独を詠んだ句で、意味合いとしては先ほどの「僕はずっとバケツー杯の月光を飲んでる」と近いものがあります。

 

月の美しさを感じては、寂しさに襲われる主人公。

 

「本当なんだ」以降の歌詞はここまでの歌詞とは毛色が異なっており、後の楽曲の展開への布石となっています。

 

「昔」というのがどれほど前の事なのか判断しかねますが、少年時代や青年時代に流す涙は傍から見ても宝石のように美しいもの。高校球児が甲子園で流す涙なんかを思い浮かべるとよくわかりますが、なんの汚れもない純粋で美しい感情がそこにはあります。

 

昔の僕はそうだった、というこの歌詞からは、大人になり心がくすんでしまった今の自分を悲嘆する主人公の想いが感じられますね。

 

声はもうとっくに忘れた
思い出も愛も死んだ
風のない海辺を歩いた
あの夏へ

「昔の僕は涙が宝石でできてたんだ」という過去の自分の純真さと対比する形で、この部分では現在の自分の悲惨な状況が描かれています。

 

あれほど君と過ごした過去は美しいものであったはずなのに、時の流れは残酷で、君の声も思い出もとっくに忘れてしまった。愛を享受する心も死んでしまった。綺麗な涙なんかもう流せないくらい、君と離れてから時を経た主人公の心は荒んでいます。

 

今の生活に救いは無い主人公は風のない海辺を歩き、もう過ぎ去ってしまった「あの夏」に思いを馳せます。

きっとそこには君との美しい時間があるはずです。

サビ1

僕はさよならが欲しいんだ
ただ微睡むような
もの一つさえ言わないまま
僕は君を待っている

主人公は「さよなら」という言葉を求めて君を待っています。

 

何故「さよなら」を自ら望んでいるのか、という疑問がここで生じますが、もう純真無垢ではない汚れた主人公はあの頃と同じ幸せな時を過ごせるとは思っていません。

もう少年時代のような美しい思い出を作ることはできない、なんてことは今の主人公はよくわかっています。

 

彼はただ、大人になってもなお自分の中に残り続ける「美しい過去」に君が告げる「さよなら」という正しい結末が訪れることを望んでいるのです。

結末を迎えることなく存在し続ける物語の最後の一文を、彼は探しているのです。

 

骨助
骨助

実はこのサビの歌詞が、タイトル「嘘月(嘘つき)」の「嘘」に当たると私は解釈しております。

2番以降の歌詞で詳しく解説します。

 

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