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【ヨルシカ/昼鳶】歌詞の意味を徹底解釈!赤裸々な音楽泥棒の自白とは…?

【ヨルシカ】「昼鳶(読み方:ひるとび)」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

読みどころ

✔ 表題曲「盗作」と繋がりの深い歌詞
✔ 盗作をする主人公の真の目的とは?
✔ 人間味の深いダークナンバー

 

サルー
サルー

イントロからベースのスラップ音が響き渡る痺れるようなロックナンバー。アルバムの出だしを担う大切な1曲にはどんなメッセージ性が込められているのでしょうか。細かく解説をさせて頂きました…!

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人間味のあるダークナンバー

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今回紹介していく「昼鳶」は、ヨルシカの3rdフルアルバム『盗作』の収録楽曲。

 

本アルバム『盗作』は「音を盗む泥棒」がコンセプトとなっており、雰囲気作りの最前線を担う「音楽泥棒の自白」~「昼鳶」は、音楽的にも歌詞的にも最もダークさと人間味が強い。

 

サルー
サルー

ヨルシカの闇感ある曲っていいですよね。というかsuiさんの低音ボイスがたまらない…

 

そして本楽曲はところところで別楽曲「盗作」「思想犯」を彷彿させるワードが登場してきます。(ここは歌詞考察中で簡単に触れていきます)

 

では本題の楽曲考察に移っていきましょう。まずはタイトル名に着目していきます。

 

楽曲名「昼鳶」とは

「昼鳶」とは

  •  昼間、人家などに忍び込むこそどろ。

という意味を持ちます。

 

アルバム『盗作』に寄り添ったタイトル付けをされていることが分かりますね。

 

そして忘れてはいけないのが、本楽曲はアルバムの1曲目に収録される「音楽泥棒の自白」の後に続く歌であるということ。

 

つまり「昼鳶」の内容は、音楽泥棒(昼鳶)の自白内容が描かれている可能性が高いのです。

この仮説を念頭に置いておくと、歌詞の情景が入ってきやすいと思います。

 

音楽泥棒は何を自白していくのか、、、

 

サルー
サルー

本題の歌詞と向き合っていきましょう!

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歌詞

器量、才覚、価値観
骨の髄まで全部妬ましい
心全部満たしたい
嫉む脳裏は舌打ちばかり

誇大広告勝り、世は死に体の音楽ばかり
君の全部妬ましい
浅ましいこの心根が疼くばかり

つまらないものだけが観たいのさ
夜の全部が僕は欲しい
ただやるせないから歌にしたい
この渇きを言い訳にさぁ

夜景、ダイヤの光、笑みで住宅街を見下し
素晴らしきその暮らし
さぁ幸せはお幾らばかり?

この妬みは疎ましいばかり

つまらないものだけが観たいのさ
他人の全部を馬鹿にして
忘れたいのに胸が痛い
ただ何も無いから僕は欲しい

つまらないものだけが観たいのさ
君の全部が僕は欲しい
ただ何も無いから僕は欲しい
この渇きを言い訳にさぁ

作詞:n-buna

歌詞の意味・解釈

1番

器量、才覚、価値観
骨の髄まで全部妬ましい
心全部満たしたい
嫉む脳裏は舌打ちばかり

まず冒頭歌詞では「圧倒的な嫉妬心」が描かれていきます。

 

音楽泥棒の抱く嫉妬心ですから、言わずもがな自分よりも才覚溢れている君を妬んでいることが推測されますね。

 

そして補足情報ですが、彼はとにかく愛を渇望しています。(アルバム内の他楽曲からも伺えます)

愛で埋めることのできない穴を代償するように「美しい音楽」を求めているのです。

 

つまり主人公の圧倒的な嫉妬心の矛先は

  • 美しい音楽
  • 愛情

といったところ。愛情なんてかなり人間味がありますよね。

 

そしてサビの歌詞考察でも触れていきますが、心を満たすための手段が「音楽の盗作(昼鳶)」なのです。

 

サルー
サルー

続く歌詞を追っていきましょう!

 

誇大広告勝り、世は死に体の音楽ばかり
君の全部妬ましい
浅ましいこの心根が疼くばかり

1番のBメロで描かれているのは、いってみれば「音楽シーン全体に対する皮肉」といったところ。

 

誇大広告とは、

  • 実際の価値以上に利点を強調している広告

のことです。

音楽に置き換えて言うと、実際の質よりも宣伝効果によって過大評価された音楽のことを示すように解釈することができます。

 

そしてまた面白いのが「死に体の音楽」という言葉です。

死に体というと「死んでいる」などの安易な意味で捉えてしまいがちですが、実際はつま先が上を向いて足の裏が返り、立ち直れないと判断された状態のことを意味します。

 

つまり「死に体の音楽=逆らえなくなった音楽(反対を向けなくなった音楽)」ということです。

 

これはおそらく「売れるためにこうあるべきだ!」という音楽理論から抜け出せなくなった楽曲達のことを示すのでしょう。

 

サルー
サルー

私は作曲家じゃないので分かりかねますが、例えばKing Gnuの常田さんなど、世間から大きな支持を得たアーティスト方々も、死に体の音楽について苦悩を隠せない様子でした、、、

 

とにかく色んなものが妬ましい。

死に体の音楽が売れまくる現状も妬ましい。

そう感じてしまう、自分の品性の卑しさすらも嘆かわしい様子が伺えます。

 

サビ1

つまらないものだけが観たいのさ
夜の全部が僕は欲しい
ただやるせないから歌にしたい
この渇きを言い訳にさぁ

サビでは、盗作をする目的に繋がる真の欲求が描かれています。

 

本楽曲だけを見ると「つまらないものだけが観たい」という具体性に欠ける欲求にしか読み取れないのですが、別楽曲「盗作」と合わせて見ると「つまらないもの=綺麗な夜」であることが分かります。

 

つまり綺麗な夜だけが観たい!と主人公は訴えかけているのです。

 

またアルバム内の別楽曲「夜行」にてn-bunaさんは

夜行は大人になること、忘れてしまうこと、死へ向かうことを夜に例えて書いた詩です。

とコメントを残しています。

 

このコメントを拾い【死へ向かうこと=夜】だと置き換えて歌詞を読むと、さらに楽曲の深層に近づくことができるのではないでしょうか。

 

というのも別楽曲「盗作」の3番には

そうだ。
何一つもなくなって、地位も愛も全部なくなって。
何もかも失った後に見える夜は本当に綺麗だろうから、

といった歌詞が存在します。

 

つまり主人公は音楽家であるにも関わらず、全てを失うことを望んでいる。オリジナルの音楽を作ることで生まれる名声なんかも不必要だと思っている。なぜなら全てを失った後で見る夜を最大の楽しみにしているから。

 

上記は主人公が盗作を行う理由にもなってくる部分。

そして「夜の全部が僕は欲しい」という本楽曲の核心に迫ると、全てを失って気持ちよく死にたいという隠された欲望にも近づくことができます。

 

欲望を満たしたいから、満たされていない(乾いている)今を言い訳に、主人公は盗作を行っていくのです…

 

サルー
サルー

2番以降ではさらに人間味の深い歌詞や、主人公の真の欲望が明かされていきます。では続く歌詞を追っていきましょう!

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コメント

  1. 佐宮莫袮 より:

    「昼鳶」の読み方は「ひるとび」ですよ。
    作曲者がそう読んでます。

    • サルーサルー より:

      本楽曲においての読み方は「ひるとび」でしたか。確認したところナブナさんもそう呼んでいましたね。ご指摘ありがとうございます。

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