【backnumber(バックナンバー)】の
「最深部」について
歌詞の意味を徹底的に
考察および解説していきたいと思います。
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楽曲の基本情報
今回紹介する「最深部」は、back numberの6thアルバム「MAGIC」の一曲目に収録される楽曲です。
アルバムの1曲目というのは、特にアルバム全体の印象を示すものである為に、強い思い入れがあるはずです。そう思って調べたところ、こんなエピソードが。
ボーカルの清水さんは
「『瞬き』を1曲目に持ってきたい」
と思っていたそうですが、
ベースとドラムを担当する
小島さん栗原さんが
「いや、『最深部』のほうがアガるでしょ」
と言い出したことから、
「最深部」が1曲目になったそうです。
確かに「最深部」は、歌い出しのキャッチーさと、ロックを感じさせる豪快なサウンドが特徴的です。今回は、そんな気分が高揚する爽快ロックの中身に迫っていきます。
楽曲名「最深部」とは
「最深部」とは
そのままの意味で
最も深いところ・部分。
という意味になっています。
実は本楽曲の最深部が指す部分は
「心の中」
です。
つまり、本楽曲では最深部という
「洞窟のようなもの」と「心」が
対比されているのです。
ここの絶妙な比喩表現にも注目です。
では、本題の歌詞に迫っていきます。
歌詞
ここまでおいでよ
君がまだ知らない話をしよう
言い換えれば
まだ知らないフリしている
醜い そして美しい 君がいるからそっちじゃないよ
君はずっと違う場所を探してる
そこに僕はいないんだ呼んでるのに
もういいだろ 頭の中 記憶の中でもない
もっともっと近いとこなのに最深部で悲鳴とSOSが
もしかしてそれで笑えているつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
飲まれただけだろう 人の海に彩る 担う それはとても
綺麗な模様の鎖
耐える事が未来の為だからと
まぁそうだね 長い目で見れば
そうかもしれないね
あと150年生きるなら最深部で悲鳴とSOSが
誰かの望む君にでもなったつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
合わせただけだろう 帳尻を耳を塞いでも無駄さ
だって僕は 君の心の声だからさ最深部で悲鳴とSOSが
もしかして旅にでも出ているつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
忘れただけだろう最深部で悲鳴とSOSが
最深部で悲鳴とSOSが
忘れただけだろう 帰る場所を
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歌詞の意味・解釈
1番
ここまでおいでよ
君がまだ知らない話をしよう
言い換えれば
まだ知らないフリしている
醜い そして美しい 君がいるから
前提として押さえて頂きたいことがあります。
3番の歌詞で明らかになるのですが、
本楽曲の歌詞を通して、
「君」に語りかけているのは
君の心です。
つまり、自分で自分に声をかけている。
これを念頭に踏まえると
「ここまでおいでよ」
と言うのは
- 本音を言いなよ
- 本性をさらけ出しなよ
という意味であることが分かります。
しかし
まだ知らないフリしている
とあることから
君は偽りの自分を取り繕っている
ということが推測される。
自分を偽っているから「醜い」
しかし、無難に生きるために、自分を取り繕っている訳ですから、周りに刺されることはない。だから「美しい」ともある。
そっちじゃないよ
君はずっと違う場所を探してる
そこに僕はいないんだ呼んでるのに
もういいだろ 頭の中 記憶の中でもない
もっともっと近いとこなのに
- 君の肉体は違う場所を探している
- 君の心は、そっちじゃないと叫んでいる
この心身の乖離から、本音で生きられない主人公が、自分の生き方に葛藤している。
頭の中 記憶の中でもない
理屈では制御できない「本能」という人間の根源たる部分が葛藤の声の主はいるのです。
サビ1
最深部で悲鳴とSOSが
もしかしてそれで笑えているつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
飲まれただけだろう 人の海に
SOSとは、助けを求める合図の象徴。
最深部=君の心の中 なので
本音で生きていない自分に対して、
心が悲鳴を上げている。
しかし
飲まれただけだろう 人の海に
とあるように、社会の目を気にして
自分の心の声から耳を塞いでしまいます。
主人公はどうなっていくのでしょうか。
2番に続きます。
2番
彩る 担う それはとても
綺麗な模様の鎖
耐える事が未来の為だからと
まぁそうだね 長い目で見れば
そうかもしれないね
あと150年生きるなら
卑屈過ぎる肯定が描かれる。
周りによく思われるために
自分を着飾る、社会の一端を担う。
こうしたらきっと明るい未来が待っているから。
上記の考えを心が蔑んでいます。
あと150年生きるなら
なんてかなり強い皮肉表現。
未来の為だから、社会の為だからと仮面を被る自分を全否定しているのです。
サビ2
最深部で悲鳴とSOSが
誰かの望む君にでもなったつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
合わせただけだろう 帳尻を
帳尻合わせとは、
最終的に辻褄が合うこと。
本楽曲に例えて言うと
他人の望むように自分を偽り、
上手に立ち回ってきた主人公が、
いま耐え切れず葛藤していること。
このさま自体を表す意味になります。
偽りや我慢はいつか破綻するものなのです。
3番
耳を塞いでも無駄さ
だって僕は 君の心の声だからさ
ここでは前提で述べたように
語り手の正体が暴かれています。
全ては自身の心の訴えなのです。
ラストサビ
最深部で悲鳴とSOSが
もしかして旅にでも出ているつもりかい
最深部で悲鳴とSOSが
忘れただけだろう最深部で悲鳴とSOSが
最深部で悲鳴とSOSが
忘れただけだろう 帰る場所を
帰る場所とは、
心の在りどころであり、
真の主人公のことです。
忘れた とあるのは、
社会に溶け込むために、自分を偽っているうちに、どれが本当の自分が分からなくなってしまったのでしょう。いつの間にか、どれだけ心が叫んでも反応できなくなってしまう程に、彷徨ってしまうのです。
彷徨っているさまを
旅に出ている
と歌詞では表現しているのでしょうね。
感想
記念すべき第6弾アルバム「MAGIC」
その1曲目に起用されている楽曲は
主人公の心の叫び
が、終始綴られていました。
本楽曲が持つメッセージ性は
“偽りの自分を演じ続けていると、取り返しのつかないことになってしまうから、日ごろから出来るだけ自分と向き合うように努めることが大切”
と言ったところではないでしょうか。
【back number/最深部】
歌詞の意味の解釈でした!(‘ω’)
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