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【back number/水平線】歌詞の意味を徹底解釈!グッとくる制作背景と現状に刺さる歌詞に注目。

【back number(バックナンバー)】「水平線」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

読みどころ

✔ 感動的な制作背景
✔ 物事の二面性に特化した歌詞
✔ 水平線で伝えたかったこととは?

 

サルー
サルー

「しっかり寄り添える歌を作りたい」そんなback numberの志向がはっきりと滲んだ素敵すぎる楽曲でした、、、

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大会が中止になった学生に向けて

今回紹介していく「水平線」は、シングルカットされた曲でも何かのアルバムの収録曲でもありません。とある事情で急遽YouTube上に投稿された楽曲になります。

 

というのもこの楽曲背景がすごく熱くて、実は新型コロナウイルスの影響で中止になった全国高等学校総合体育大会の運営をしていた高校生の手紙がきっかけになっています。

 

コロナの影響でたくさんの夢が失われていく中、高校生たちのために何かできることはないかと思考し、本楽曲の投稿に至ったとのこと。

 

本楽曲の制作にあたって清水さんは

費やし重ねてきたものを発揮する場所を失くす事は、仕方ないから、とか、悲しいのは自分だけじゃないから、などの言葉で到底納得出来るものではありません。
選手達と運営の生徒達に向け、何か出来る事はないかと相談を受けた時、長い時間自分達の中にあるモヤモヤの正体と、これから何をすべきなのかが分かった気がしました。

先人としてなのか大人としてなのか野暮な台詞を探してしまいますが、俺たちはバンドマンなので慰めでも励ましでも無く音楽をここに置いておきます。

とコメントを残しています。

 

苦境の中にいる人たちを救うための行動。

人によってできることの形は変わると思いますが「バンドマンだから音楽を置いておく」というのは、私たちにとっては1番嬉しいことで、彼らのアイデンティティがなせる素晴らしい行いですよね。

 

サルー
サルー

突然投稿されたときは「これだからbacknumberが好きなんだ…」という喜びのコメントでSNSが溢れかえっていました。まさにそうですよね。

 

また少なくとも本記事執筆時点ではCD発売や配信リリースの予定はたっていないとのこと。制作背景が制作背景だけにリリースされることはないのかも知れませんが1ファンとしては是非リリースして欲しい、、、

 

と、話が逸れましたがここからさらに楽曲を考察していきたいと思います。まずはタイトル名に着目していきましょう!

 

楽曲名「水平線」とは

タイトルに起用されている「水平線」

  •  空と海面とが接して見える平らな線。

という意味を持っています。

 

歌詞では「水平線が光る朝にあなたの希望が崩れ落ちて」という形で水平線が登場し、果てしない向こう側を暗示する、誰もが共有しているであろう「水平線」の意味が起用されています。

 

僕たちがいる場所の向こう側にもきっと色んな想いを抱えた人々が生きている。

平々たることですが、感慨深いことをタイトルや歌詞のワードから考えさせられました。

 

サルー
サルー

これから歌詞全体をさらに深読みしていきます。一緒に「水平線」に込められた想いを深堀していきましょう!

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歌詞

出来るだけ嘘は無いように
どんな時も優しくあれるように
人が痛みを感じた時には
自分の事のように思えるように

正しさを別の正しさで
失くす悲しみにも出会うけれど

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる

悲しい声で歌いながら
いつしか海に流れ着いて 光って
あなたはそれを見るでしょう

自分の背中は見えないのだから
恥ずかしがらず人に尋ねるといい
心は誰にも見えないのだから
見えるものよりも大事にするといい

毎日が重なる事で
会えなくなる人も出来るけれど

透き通るほど淡い夜に
あなたの夢がひとつ叶って
歓声と拍手の中に
誰かの悲鳴が隠れている

耐える理由を探しながら
いくつも答えを抱えながら 悩んで
あなたは自分を知るでしょう

誰の心に残る事も
目に焼き付く事もない今日も
雑音と足音の奥で
私はここだと叫んでいる

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる

悲しい声で歌いながら
いつしか海に流れ着いて 光って
あなたはそれを見るでしょう

あなたはそれを見るでしょう

作詞:清水依与吏

歌詞の意味・解釈

1番

出来るだけ嘘は無いように
どんな時も優しくあれるように
人が痛みを感じた時には
自分の事のように思えるように

冒頭歌詞では、まるで母親や学校の先生が子供たちに説いていくような「正論」が綴られています。

 

back numberはファンに対して

「ちゃんと他人事じゃなく、しっかり寄り添えるような歌を作りたいんだよ。そういう心の1番深いところで出会えるっていう意味で、日本一のバンドに俺たちはなりたい。」

と話していたことがありましたが、上記の歌詞はその展望を叶えるために必要な要素とも言えますよね。

 

人に寄り添うためには嘘はつかず優しく、それでいて傷ついた人がいたときはその痛みを自分も共感してあげる必要があるのです。

 

ただここで述べられた「正論」は続くBメロのための布石です。歌詞を追っていきましょう。

 

正しさを別の正しさで
失くす悲しみにも出会うけれど

ここのメッセージ性が感慨深い。

 

上では「正論(正しさ)」を歌っていたのですが、正しさが別の正しさが奪っていくこともあるのです。

 

これはコロナ禍である私たちの現状に置き換えてみると想像しやすいですよね。

 

たとえば今回楽曲制作の動機となった「全国高等学校総合体育大会の中止」「コロナだから密になってはいけない!」という正しさに起因するものです。

 

誰かにとっては正義でも、もしかしたらそれは誰かにとっては苦しめる要因になりえる。

そんな物事が秘める両側面が、本楽曲では歌われていきます。

 

サビ1

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる

サビ1の前半で描かれているのは1番のBメロと同じような「物事の両側面」といったところです。

 

輝いて見える水平線。だけどその光の先では希望を失った誰かがいて、、、でもその先にはやはり輝きに感動している誰かがいる。

当たり前なことですが、今この瞬間にも喜びに溢れかえっている人もいれば、悲しみを抱えている人もいるのです。

 

悲しい声で歌いながら
いつしか海に流れ着いて 光って
あなたはそれを見るでしょう

ここも前の歌詞と似たような情景移行が使われています。

 

誰かが悲しい声で歌いながら落とした希望は、きっと誰かの希望に繋がって光を照らすのです。

 

たとえば今回大会が中止になって涙を飲んだ学生たちがそう。きっとこれから先も大会では色んな栄光の瞬間が訪れていくのだけど、こういった涙を飲んだ者たちが輝きの土台にはいるのです。

 

落とした希望が、誰かの光になる。

 

サルー
サルー
つい自分のことばかりを考えてしまいがちな日常の中で、人それぞれ「生きている」ことを再確認させてくれる。喜びも悲しみも表裏一体だから、やはり助け合って生きたいね。

 

2・3番ではさらにハッとさせられる歌詞が続いていきます。さらに歌詞を追っていきましょう。

 

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