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【くじら/ねむるまち feat.yama】歌詞の意味を徹底解釈!ねむるまちってどんな街?

【くじら】

「ねむるまち」について

歌詞の意味を徹底的に

考察および解説していきたいと思います。

 

・「ねむるまち」とはなんなのか
・なぜ主人公はねむるまちに行きたいのか

歌詞考察を通して、上記の疑問を解き明かしていきたいと思います。

 

サルー
サルー

この楽曲、聴き心地良さがとてつもないです。。。

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楽曲の基本情報

→Apple Musicでフル視聴する

 

今回紹介していく「ねむるまち」は、くじらの第1弾アルバム「ねむるまち」の表題曲。

 

圧倒的な心地よさと情感をくすぶる曲感は「夜に聴きたいナンバー」として多くのリスナーから支持を得ています。なおYouTubeの視聴回数は公開約2か月間で300万回再生を超える。

 

ついついリピートしたくなる中毒性の高い楽曲。

楽曲にはどんなメッセージ性が込められているのでしょうか。

 

サルー
サルー

さっそく本題の楽曲考察に移っていきましょう。まずはタイトルに着目。

楽曲名「ねむるまち」とは

ねむるまち

本楽曲のタイトルは「まちがねむる」という擬人法が用いられています。

 

解釈のポイントになるのは

「ねむる」がどんな状態を指すのか?

になりますが歌詞考察を終えたうえで言うと

「灯りや煌めきががなくなること」

を指しているのではと筆者は解釈しています。

 

つまり「ねむるまち」

  • 煌めきがなくなった街
  • 活気がなくなった街

といったところです。

 

でも「ん?」なりますよね。

なぜ主人公はねむるまちに行きたいのか。

ここは歌詞の情景を解釈していくことで、明らかになってきます。

 

サルー
サルー

本題の歌詞に迫っていきましょう。

歌詞

あの日持って帰ったライターで煙草に火をつける
煙で前が見えなくなった
換気扇の音 消えた
部屋に残った缶ビール
干した下着がうなだれた私に見えた

ぐちゃぐちゃになった部屋
死体みたいなぬいぐるみ
今夜はパレード

弱めの冷房に揺れた前髪が
あの夏を何度も思い出させる
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
今夜も街灯は耐えきれずに目をつむるんだ

砕けて散った葛藤 思想
ドラマで見たんだ
正義は必ず勝つって
正義って何なの?

わかんないことはわかんないよ
まだ子供だし、大人じゃないし
今日も天井を見ていた 変わらない風景だ
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
今夜も向かいのビルは布団に潜るんだ

ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こう
もうすぐ終電だよ

さよならって言えた気がしたんだ
あの日の私と変わらない私に
もういいんだよ
許して それから
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
もういいよ
疲れたよ
じゃあ、またね

作詞作曲:くじら

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歌詞の意味・解釈

1番

あの日持って帰ったライターで煙草に火をつける
煙で前が見えなくなった
換気扇の音 消えた
部屋に残った缶ビール
干した下着がうなだれた私に見えた

ねむるまちの歌詞考察

歌い出し部分はYouTube上に公開されたOfficial Videoのイラストと情景が重なります。

 

まず「あの日持って帰ったライター」

ホテルから持って帰ってきたライター

を指すのでしょう。

ラブホテルにはライターが置いてある。またイラスト右側の袋?もそういった情景を強調させています。

 

  • 見えなくなった
  • 消えた
  • うなだれた

と歌詞中にあるように、主人公の情景は鬱一色。なぜなら「あの日」を今も引きずっているからです。

 

サルー
サルー

「あの日」についてはサビの歌詞考察で深堀りしていきます。

ぐちゃぐちゃになった部屋
死体みたいなぬいぐるみ
今夜はパレード

うなだれている主人公の心情とは真反対に、夜の街ではパレードが行われている。

 

ちなみにパレードとは

祭事や祝い事・イベントで人が行列をつくること。

を意味する言葉。今夜の街では人々が賑わっており、とても「ねむるまち」とは言えない「煌びやかな情景」が広がっているのです。

 

主人公は1人で部屋に閉じこもったまま、パレードを遠い目で見ているわけです。

 

サルー
サルー

普通パレードはテンションを湧かすはずなのに「今夜はパレード→↗↑↑」ではなく「今夜はパレード→→↘↘」と沈んでいく曲調にも納得。

サビ1

弱めの冷房に揺れた前髪が
あの夏を何度も思い出させる
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
今夜も街灯は耐えきれずに目をつむるんだ

秀逸的な表現からはじまるサビ1。

 

「あの夏」というのは1番のAメロで綴られていた「あの日」と同じものを指している。つまり、ある夏に主人公は誰かと一夜限りの関係を持ったのではないかと考えています。

 

歌詞であの夏を何度も思い出させるとあるように、その夏を主人公は今でも引きずってしまっている。

 

そしてそれはきっと「煌びやかな街」の出来事だったのではないでしょうか。だから今の主人公は「煌びやかな街」ではなく「ねむるまち」に行きたい。

 

サルー
サルー

「ねむるまち」とは、心を浄化してくれるような落ち着きのある夜の街を指しているのかなと感じています。

 

ぶっきらぼうな願いだと知りながらも、今夜も家から出れずにあの日を引きずったまま、主人公は眠りにつく。

2番

砕けて散った葛藤 思想
ドラマで見たんだ
正義は必ず勝つって
正義って何なの?

わかんないことはわかんないよ
まだ子供だし、大人じゃないし
今日も天井を見ていた 変わらない風景だ
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
今夜も向かいのビルは布団に潜るんだ

ねむるまち

あの夏を何度も思い出す主人公は、毎晩葛藤を繰り返している。そのときあるドラマで流れていた「正義は勝つ」という言葉が主人公の心に深く突き刺さったのでしょう。

 

一方的に想いを引きずっている主人公は自分のことを「敗北者」と無意識下で認識していたのかも知れない。だから「勝利」=「正義」という整合性のない方程式に疑問を覚えている。

 

そんな生産性のない悩みを抱えてしまう自分に飽き飽きしながらも、「まだ子供だし…」と駄々をこねて、今日も眠りにつく。「ねむるまちに行きたい」と感じながらも。。。

3番

ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こう
もうすぐ終電だよ

ねむるまちに行きたい。

やはりこの言葉ひとつには

部屋に閉じこもっている自分の殻を破って外の街に繰り出してみたい。でも煌びやかな街はごめんだから、ねむるまちに行きたい。

という主人公の想いが込められているのでしょう。

 

行こう。行こうよ。

と自分の背中を押しながらも、あと一歩が踏み出せない主人公は今日も終電を逃して、ゆっくりと眠りについていく。

ラストサビ

さよならって言えた気がしたんだ
あの日の私と変わらない私に
もういいんだよ
許して それから
ねむるまちに行こう
ねむるまちに行こうよ
もういいよ
疲れたよ
じゃあ、またね

ラストサビで、少し前向きになる。

 

歌詞を見ると分かるように、「さよならって言えた気がした」の対象は「あの日の出来事を引きずっている私」です。

 

葛藤を繰り返すの中で、苦悩の重さが徐々に軽減していったのでしょう。どんなに辛いことがあったとしても時間が何もかもを軽くしてくれるものなのです。

 

心が軽くなった主人公はあの日の出来事を「許して」前に進もうとしている。

 

とはいえ、こうして自分に言い聞かせるのはパワーを使う。「切り替えができたから、明日こそはねむるまちに行こう」とポジティブな想いを秘めながら、今日も主人公は眠りにつく。

 

「ねむるまち」には、

  • 癒されたい主人公の想い
  • 前に進みたい主人公の想い

が込められていたのではないでしょうか。

感想

眠れない夜に葛藤し、憂鬱が嵩む夜は誰にだってあるのではないでしょうか。

 

そんなときは何となく外に出たい気分になるもの。それこそ「ねむるまち」と対比できるような透き通った夜に繰り出したくなる。本楽曲にはそんな葛藤を感じさせられた。

 

 

【くじら/ねむるまち】

歌詞の意味の解釈でした!(‘ω’)

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