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【yama/a.m.3:21】歌詞の意味を徹底解釈!秋の花とは?圧倒的鬱ナンバーを深読み!

【yama(ヤマ)】「a.m.3:21(エーエム321)」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

読みどころ

✔ 「a.m.3:21」の意味
✔ 歌詞の言葉選びの秀逸さ
✔ 秋の花の正体

 

サルー
サルー

中毒性の高い謎多きナンバーを深読みしました。是非最後までお読み下さい!

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お馴染みの中毒性コラボ

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今回紹介していく「a.m.3:21」は、TikTokを中心とするSNSをきっかけに人気急上昇中の歌い手「yama」のオリジナル楽曲。

そして本楽曲の作詞作曲は、お馴染みのボカロP「くじら」が努めています。

 

個人的にくじらさんが作るメロディや歌詞の独特さが本当に好きで、一時期はかなり楽曲漁りをしていたのですが、そのくじらさんが絶賛するyamaさんの表現力もこれまた中毒性がすごい。

 

毎回言っているような気がしますが、本当に最高のコラボ。「a.m.3:21」も、音楽・歌唱ともに独特の心地良さがあり、イヤホンで聴くと異次元にいけます。

 

サルー
サルー

では楽曲の紹介はこの辺りにして、本題の楽曲考察に移っていきます。まずはタイトル名に着目していきましょう!

楽曲名「a.m.3:21」とは

言わずもがなですが「a.m.3:21」とは

  • 午前3時21分の英語略。

ですね。amはante meridiem(午前)の略です。

 

そして歌詞全体の情景から察するに、本楽曲は真夜中に考えごとをする主人公の心情が綴られていきます。

 

心情と言っても「切ない!」「悲しい!」などストレートに想いが表現されるわけではなく、主人公の見たものや感じたものが主観的回想で零されていくといった感じです。

 

サルー
サルー

短い歌詞の中に込められた想い、そして隠されたメッセージを読み解いていきましょう!

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歌詞

溶けた光の跡、甘い夢の中で
すぐになくなってしまう時間と人生と
なびく干したシャツに香る秋の花が
諦めの悪い私の癖みたいで

乾いた風と哀愁
カーブミラーで曲がって見えた世界は
カーテン越しに聴いた隣人の会話の様に見えた
遠くの電線に止まった鳥は何も知らん顔で
渇いた喉にそっとぬるい水を流し込んだ

溶けた光の跡、甘い夢の中で
すぐになくなってしまう時間と人生と
なびく干したシャツに香る秋の花が
諦めの悪い私の癖みたいで

夜空に溶けたなら甘い甘い夢の向こう側へ
電気を消した部屋で 傷んだ髪の感触だけを
君はいつだって少し寂しそうな顔をしていた
季節の終わりを知っているようで
どこで間違ったって自問自答ばかりだ
振り返れば 後味の悪い過去の道

溶けた光の跡、甘い夢の中で
すぐになくなってしまう時間と人生と
なびく干したシャツに香る秋の花が
諦めの悪い私の癖みたいで

作詞:くじら

歌詞の意味・解釈

頭サビ

溶けた光の跡、甘い夢の中で
すぐになくなってしまう時間と人生と
なびく干したシャツに香る秋の花が
諦めの悪い私の癖みたいで

インパクトの強い頭サビから楽曲はスタート。

 

ここで特に注目したいのは「秋の花」というワード。

おそらくここが大きな解釈分岐になってくるのですが、個人的には秋になると微かに甘い香りが漂わせる『キンモクセイ』のことを示しているのではと解釈しています。

 

そして「キンモクセイ」のもつ

  • 謙遜
  • 気高い
  • 真実
  • 初恋
  • 誘惑
  • 陶酔

といった複数の花言葉の意味が、主人公と後の歌詞に登場する君との恋物語を象徴しているように感じてなりません。

 

つまり簡単意言うと、二人の恋愛は秋の時期にのめり込んだもので、一季という短い期間の中で主人公は「陶酔するような初恋」を経験したのではないかなと思っています。

 

経験した…と過去の出来事のように言っているのは「諦めの悪い私の癖みたいで」という歌詞や「溶けた光の跡」という儚い歌い出しから読み取れるからです。

 

サルー
サルー

これら楽曲の輪郭を押さえたところで、続く歌詞を見ていきましょう!

1番

乾いた風と哀愁
カーブミラーで曲がって見えた世界は
カーテン越しに聴いた隣人の会話の様に見えた
遠くの電線に止まった鳥は何も知らん顔で
渇いた喉にそっとぬるい水を流し込んだ

1番はどこか「寂寥感」を感じさせる情景表現で構成されています。

 

もの悲しさを意味する「哀愁」も、孤独感を強調させる「遠くの鳥」も、主人公の孤独感や冷ややかな寂しさを分かりやすく表現しています。

 

また「カーブミラーで曲がって見えた世界」カーテン越しに聴いた隣人の会話のように見えた」と嘆かれていますが、これは聴こえる範囲にいるけど別世界のお話しである隣人の会話を、君がいないから別世界のように見えた外の景色として比喩した結果なのでしょう。

 

鬱一色の景色の中で、主人公は少しでも場を巻き返そうと「ぬるい水を流し込んで」対処しようとする。

 

<サビ1は頭サビと同じため割愛します>

 

サルー
サルー

くじらさんが描く歌詞は本当に解釈しがいがあります。では続く歌詞を追っていきましょう!

 

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コメント

  1. きなこ より:

    この歌が好きで、今を調べたところ、書いてくれている方がいたので助かりました
    私の好きな花は、金木犀が出ていて動く嬉しかったです

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