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米津玄師『感電』歌詞の意味を考察!過去曲との繋がりから新たな世界観を読み解く。

米津玄師さんの『感電』について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

注目ポイント

✔ 過去の楽曲との関係性

✔ 描かれる米津さんの境遇…?

✔ 垣間見える新境地

 

骨助
骨助

米津さんのこれまでの曲との繋がりをベースに考察してみました。是非最後までお読みください…!

 

 

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アンナチュラルの最強チーム復活!

 

「感電」はTBS系のドラマ「MIU404」主題歌として書き下ろされた楽曲。

主題歌「Lemon」とともに社会現象をも引き起こしたドラマ「アンナチュラル」の製作チームと米津さんが再びタッグを組んだということで、非常に大きな話題を呼んでいます。

公開されたMVも斬新で奇抜で衝撃的。

 

楽曲について米津さんは

ドラマのコンセプトと脚本を読ませていただき、受け取ったものがいくつもありました。
自分が今暮らしている境遇と、ドラマの彼らが巻き込まれて行く物語に共通する部分をそのまま音楽にしました。
どんなふうにドラマと一緒になるのか楽しみです。どうかよろしくお願いします。

とコメントしています。

楽曲には

  • 米津さんが暮らしている境遇
  • ドラマの登場人物が巻き込まれる物語

という二つの側面があることがわかりますね。

楽曲ファンは前者の視点で、ドラマファンは後者の視点でそれぞれ楽曲を楽しんでおられるのではないでしょうか。

 

そこで本サイトでは

  • ドラマに重点を置いた解説記事
  • 楽曲に重点を置いた解説記事

の2パターンを用意することにいたしました。

 

本記事は先述した通り、ドラマの内容から一旦楽曲を切り離して楽曲自体の考察に重点を置いたものとなっております。ドラマに沿った解説と比べるとやや主観的な部分が多く、少々マニアックな内容です…!

 

ドラマベースの解説記事はこちらから

【米津玄師/感電】歌詞の意味を解釈!ドラマ「MIU404」の書き下ろし主題歌!
ドラマ「MIU404(ミュウ ヨンマルヨン)」の主題歌! 【米津玄師】の「感電」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。 記事のポイント ✔ 伊吹と志摩に寄り添った歌詞...

 

 

骨助
骨助

この記事では過去の楽曲の内容にも触れながら、「感電」の歌詞の意味をじっくり考察していきます。

タイトル「感電」とは

「感電」は辞書的には、

「電流が流れて体に衝撃を受けること」

という意味になっています。

 

しかしながら曲中で実際に電流が流れることはありませんので、ここでは比喩的に「電流が流れたような大きな衝撃を受けること」「感電」と端的に表現しているのだと思われます。

 

「雷に打たれたような衝撃を受けた」なんて言い方もありますし、そんな比喩表現をベースにした「春雷」という曲も米津玄師さんにはありますからね。

 

この楽曲名が歌詞の内容とどう関与しているのでしょうか。

 

骨助
骨助

さっそく本題の歌詞を見ていきましょう…!

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歌詞

逃げ出したい夜の往来 行方は未だ不明
回り回って虚しくって 困っちゃったワンワンワン
失ったつもりもないが 何か足りない気分
ちょっと変にハイになって 吹かし込んだ四輪車

兄弟よ如何かしよう もう何も考えない様
銀河系の外れへと さようなら
真実も 道徳も 動作しないイカれた夜でも
僕ら手を叩いて笑い合う
誰にも知られないまま

たった一瞬の このきらめきを
食べ尽くそう二人で くたばるまで
そして幸運を 僕らに祈りを
まだ行こう 誰も追いつけない くらいのスピードで

稲妻の様に生きていたいだけ
お前はどうしたい? 返事はいらない

転がした車窓と情景 動機は未だ不明
邪魔臭くて苛ついて 迷い込んだニャンニャンニャン
ここいらで落とした財布 誰か見ませんでした?
馬鹿みたいについてないね 茶化してくれハイウェイ・スター

よう相棒 もう一丁 漫画みたいな喧嘩しようよ
酒落になんないくらいのやつを お試しで
正論と 暴論の 分類さえ出来やしない街を
抜け出して互いに笑い合う
目指すのは メロウなエンディング

それは心臓を 刹那に揺らすもの
追いかけた途端に 見失っちゃうの
きっと永遠が どっかにあるんだと
明後日を 探し回るのも 悪くはないでしょう

お前がどっかに消えた朝より
こんな夜の方が まだましさ

肺に睡蓮 遠くのサイレン
響き合う境界線
愛し合う様に 喧嘩しようぜ
遺る瀬無さ引っさげて

たった一瞬の このきらめきを
食べ尽くそう二人で くたばるまで
そして幸運を 僕らに祈りを
まだ行こう 誰も追いつけない くらいのスピードで

それは心臓を 刹那に揺らすもの
追いかけた途端に 見失っちゃうの
きっと永遠が どっかにあるんだと
明後日を 探し回るのも 悪くはないでしょう

稲妻の様に生きていたいだけ
お前はどうしたい? 返事はいらない

 

作詞:米津玄師

歌詞の意味・解釈

1番

逃げ出したい夜の往来 行方は未だ不明
回り回って虚しくって 困っちゃったワンワンワン
失ったつもりもないが 何か足りない気分
ちょっと変にハイになって 吹かし込んだ四輪車

米津玄師さん特有の、どことなく不安げで満ち足りない歌詞から楽曲はスタート。

 

ドラマタイアップではありますが、イントロの何処となく気だるげな雰囲気や、やるせない感情で変なテンションになっている主人公の様子を見るとなんだか懐かしさに似た感情を覚えます。

過去の楽曲でいうなれば『でしょましょ』という楽曲に近い感じ。

 

思えば『でしょましょ』にはこんな歌詞もありました。

獣道 ボロ車でゴーゴーゴー ねえどうしよ? ここどこでしょ?
ハンドルを手放してもういっちょ アクセルを踏み込もう

出たい場所に出られず虚しさを感じ、仕方なく四輪車で突き進む。

かなり今回の『感電』冒頭の歌詞に近いものを感じますよね。

 

こんなところから考察するに、『感電』はドラマの世界観を色濃く反映した楽曲といえど、あくまで米津玄師という人間のキャンパスの上で描かれたものであることがよくわかります。

 

 

兄弟よ如何かしよう もう何も考えない様
銀河系の外れへと さようなら
真実も 道徳も 動作しないイカれた夜でも
僕ら手を叩いて笑い合う
誰にも知られないまま

「真実も 道徳も 動作しないイカれた夜でも…」という歌詞にここでは注目してみます。

 

米津さんの楽曲では割と頻繁に、「こんなおかしな世の中だけど僕は呑気に行こう」みたいな姿勢が描かれてきました。先ほど紹介した『でしょましょ』然り、若干昔の楽曲ですが『百鬼夜行』然り。

 

「おかしな世の中からの乖離」

これは言うなれば、米津玄師さんの楽曲の通年のテーマであるといえるでしょう。

 

今回の楽曲でも「イカれた夜だけど僕らは人知れず笑い合う」という歌詞は、それに近い構図が組まれているように思います。

 

また米津さんは前作『馬と鹿』を発売した際に、カップリング楽曲の『でしょましょ』について興味深いコメントを残されています。

 

(凄惨な事件に対するSNSの反応が)一つ一つ見ていくととても正常じゃないなというか。何か狂気的な流れが存在しているような気がしたんですよね。
(中略)
例えば正義心だとか義憤っていうものの皮を被って自らの後ろ暗い欲求を正当化しようとするその大きな流れを見た時に、俺はこれに加担したくないと思ったんですよね。

これはコメントのごく一部を抜粋したものですが、今の狂った世の中への危機感のようなものを米津さんは抱いていて、そこから『でしょましょ』が生まれたのだとのこと。

 

こうした米津さんの過去の発言を見ていると、先述の「自分が今暮らしている境遇と、ドラマの彼らが巻き込まれて行く物語に共通する部分をそのまま音楽にしました。」というコメントの「自分が今暮らしている境遇」というのは今の狂った世の中のことを指しているのではないか、と個人的には思えてなりません。

 

何を言いたいかと言うと、この楽曲でいう「真実も 道徳も 動作しないイカれた夜でも」というのは今の世の中の暗喩であって、タイアップ曲であるこの曲も実はおかしな世の中からの乖離」という米津さん通年のテーマに沿った楽曲なのではないか、ということです。

 

世の中は狂っているけど、僕らは自分らしく笑っていよう。

そんな方向性で楽曲は進行していくのです。

サビ1

たった一瞬の このきらめきを
食べ尽くそう二人で くたばるまで
そして幸運を 僕らに祈りを
まだ行こう 誰も追いつけない くらいのスピードで

稲妻の様に生きていたいだけ
お前はどうしたい? 返事はいらない

サビも先述のテーマに従っていて、「周りなんか気にせず僕は幸せを掴むんだ」という主人公の意志を感じる内容となっています。

 

しかしここで、今回の楽曲がこれまでの同テーマの楽曲と大きく異なる点が一点あります。

それは、これまでの楽曲のどこか退廃的で享楽的な雰囲気が打ち破られているというところです。

 

これまでの楽曲ではそれこそ『でしょましょ』「異常な世界で凡に生きるのがとても難しい 令月にして風和らぎ まあまあ踊りましょ」という歌詞に代表されるように、周りと一緒でありたくないと感じているものの実際にやることとしては呑気に踊る事ぐらいのものでした。

 

例示が『でしょましょ』一辺倒になってしまいましたが、例えば『リビングデッドユース』という楽曲でも希望の見えない世の中が描かれたのち、最後は「遊ぼうぜ 明けぬ夜でも火を焚いて今」という享楽的な結末に帰着します。

 

しかし今回の楽曲では「稲妻の様に生きていたいだけ」「誰も追いつけない くらいのスピードで」のように、明らかに「絶対に自分は自分らしく生きるんだ」くらいの強い気概が感じられる歌詞が用いられるようになっています。

 

世界がどんなにおかしなものだろうと知ったことではない。俺は我が道を行く。

「楽しく生きよう」というスタンスは同じですが、そこにかける熱量が大きく異なっているのです。

 

また、「お前はどうしたい? 返事はいらない」という歌詞もかなり強烈。

「俺はこんな世の中でも突き進む。お前がどうだろうと関係ない。」とか、あるいは「お前も当然ついてくるよな?」といった類のカリスマ性を感じてしまいます。

 

そこには、「自分だけでも踊って過ごそう」という過去のどこか自己中心的で享楽的な姿勢はもうありません。

過去の楽曲のテーマを踏襲しつつも、確実に米津さんは違う方向へと舵を切り始めているのです

 

骨助
骨助

2番でも、これまでになかった米津さんの世界観が姿を現します。

 

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