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【米津玄師/カムパネルラ】歌詞の意味を徹底解釈!ジョバンニではなくザネリ目線の自罰歌。

【米津玄師】「カムパネルラ」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

読みどころ

✔ 銀河鉄道の夜を題材とした戒めの歌
✔ ジョバンニではなくザネリ目線の歌詞
✔ 月夜の浜辺と2番歌詞の関連性

 

サルー
サルー

銀河鉄道の夜の物語を知らないよって人でも楽しめるように、物語の解説を入れつつ記事を書きました。是非最後までお読み下さい!

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銀河鉄道の夜をモチーフにした自罰の歌

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今回紹介していく「カムパネルラ」は、米津玄師の第5弾オリジナルアルバム『STRAY SHEEP』の収録楽曲。

 

これから楽曲の情景を細かく説明していきますが、まずカムパネルラのメッセージ性をざっくり一言で表すと「死んでしまった人への送り歌」といったところです。

 

これがどういうことなのか、米津さんのインタビューコメントを参考に解説させて頂くと、

米津さんはアルバム制作から約3年をかけて『STRAY SHEEP』を完成させた。アルバム制作の終盤で引っかかったのが、自分の歌を好きでいてくれたのに3年間の中で死んでしまった人たち、つまりアルバムの曲を聴けなくしていなくなってしまった人たちのことだった。

少なからず存在しでいるであろう、いなくなってしまった人たちを想っては「3年間も時間をかけて何をしていたんだろう…」という気分になり、戒めの歌という意味で制作した。

 

サルー
サルー

背景を知って、上記の感覚に辿り着く米津さんに異次元の神秘を感じました。感受性が非凡過ぎる…

 

と、ここまでが楽曲制作の背景です。

 

ここからさらに楽曲の内容に入っていきます。まずはタイトル名に着目していきましょう。

楽曲名「カムパネルラ」とは

知っている人も多いかと思いますがタイトル名に起用されている「カムパネルラ」は、宮沢賢治が大正時代に描いた童話『銀河鉄道の夜』に登場する人物名です。

 

物語読んだことないよって人もしっかり楽曲に入り込めるように簡潔に説明すると、まず銀河鉄道の夜には3人の主要キャラクター(少年)がいます。

  1. ジョバンニ(貧しくて内気、孤独な少年)
  2. カムパネルラ(ジョバンニがやっと心を開いた優しき人物)
  3. ザネリ(ガキ大将、意地悪)

 

そして物語の大切な要素を羅列すると

  1. カムパネルラは川で溺れたザネリを助けて溺れ死んだ
  2. 銀河鉄道=死んだ人が乗る列車
  3. 銀河鉄道でジョバンニはカムパネルラとの最後の一時を過ごす

といったところですね。

 

ちなみに銀貨鉄道の夜はジョバンニ目線で物語が展開されていく「友達を天国に見送る物語」なのですが、本楽曲においては『ザネリ目線』が強いようです。

 

というのも米津さんのコメントが以下。

カムパネルラに対して歌っている曲ではあるんですけれど、歌っている人はジョバンニではなく、どちらかというとザネリというイメージです。ザネリはいじわるな子で、カムパネルラが死ぬ直接的な原因になってしまった人。自分はザネリにすごく感情移入する部分があるんです。人間は犯した過ちによって、直接的、間接的に限らず、誰かの死の原因になり得る。自分のいろんな選択が、誰かの死につながっていると思うんです。タイムリーな話で言うと、例えば自分が病原体の保有者で、それを知らないうちに人に感染させてしまって、それによってその人が重い病気になって死んでしまうこともあり得る。いろんな選択が誰かの死の可能性につながっている。ザネリはそれを目の当たりにした人間だと思うんです。カムパネルラの死に直接的に関わってしまって、それを引きずりながら生きていく。それが自分の性質としての自罰的な部分とリンクしたというか。

音楽ナタリーより引用

 

なるほど、、、って感じですよね。

米津さんが感じた自責の想いとザネリの心情が一致したようです。苦しみながら生きていく姿が描写される歌詞にも納得です。

 

サルー
サルー

では上記を踏まえたうえで本題の歌詞考察に移っていきます!

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歌詞

カムパネルラ 夢を見ていた
君のあとに 咲いたリンドウの花
この街は 変わり続ける
計らずも 君を残して

真昼の海で眠る月光蟲
戻らないあの日に想いを巡らす
オルガンの音色で踊るスタチュー
時間だけ通り過ぎていく

あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
追い風に翻り わたしはまだ生きてゆくでしょう
終わる日まで寄り添うように
君を憶えていたい

カムパネルラ そこは豊かか
君の目が 眩むくらいに
タールの上で 陽炎が揺れる
爆ぜるような 夏の灯火

真白な鳥と歌う針葉樹
見つめる全てが面影になる
波打ち際にボタンが一つ
君がくれた寂しさよ

あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう
黄昏を振り返り その度 過ちを知るでしょう
君がいない日々は続く
しじまの中 独り

光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル
君がつけた傷も 輝きのその一つ

あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
追い風に翻り わたしはまだ生きてゆける

あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう
黄昏を振り返り その度 過ちを知るでしょう

終わる日まで寄り添うように
君を憶えていたい

カムパネルラ

作詞:米津玄師

歌詞の意味・解釈

1番

カムパネルラ 夢を見ていた
君のあとに 咲いたリンドウの花
この街は 変わり続ける
計らずも 君を残して

まず1番では『カムパネルラの死を引きずりながら街を歩く情景』が描かれていきます。

 

リンドウの花というのは、銀河鉄道の夜にも登場した花の名前で「悲しんでいるあなたを愛する」といった花言葉の意味を持ちます。

 

変わりゆく街の中で、変わらない喪失に苦しみながら、主人公は生きていくしかないのです。

 

真昼の海で眠る月光蟲
戻らないあの日に想いを巡らす
オルガンの音色で踊るスタチュー
時間だけ通り過ぎていく

月光蟲とは現代における造語で、基本的には集まって飛び交う虫をイメージしたら良いのではないでしょうか。(古川本舗を意識している…?)

 

歌詞の情景的には冒頭歌詞と同じように、いなくなってしまったカムパネルラに想いを馳せる姿が描かれています。

 

スタチューとは、銅像のような格好で、イベント会場に出没するパフォーマンスのことを意味します。

 

日常生活がどんなに盛り上がっても、失ってしまった日々は帰ってこない…

どうすることもできない無力感を感じつつも、永遠に忘れることのできない過去の罪を背負い、引きずるように人生を歩んでいるのでしょう。

 

サルー
サルー

まさに「自罰的な歌」ですね。当たり前ですが、インタビュー内容と歌詞がマッチしていきます。

 

サビ1

あの人の言う通り
わたしの手は汚れてゆくのでしょう
追い風に翻り
わたしはまだ生きてゆくでしょう
終わる日まで寄り添うように
君を憶えていたい

サビ1でも「自責の念に囚われる主人公(ザネリ)の姿」が描かれていきます。

 

面白いなと思ったのが、過去の後悔を歌っている話なのに「わたしの手は汚れてゆくのでしょう」と、進行的な表現で罪が描かれているところです。

 

これはおそらく、未来で新たな罪を犯していくという意味ではなく、子供の頃に落とし込むことができなかったカムパネルラの死を、時間が経ち大人になるにつれて理解していく様子を表しているのでしょう。

 

ザネリ目線で描かれているということなら、かなり納得できる歌詞だなと。

 

また「あの人」という存在に対して、具体的にこの人と断定できる確定要素はないのですが、きっと幼き日に「お前のせいだ」と自分を責めた人がいたのでしょうね。(ジョバンニの可能性大?)

 

あの日自分を責めた誰かの言葉が、成長するにつれて自らの汚れを自覚する要素としてグサグサと刺さってくる。

ただこの痛みのおかげで「君を憶えていたい」という誓いが果たされていくのも現実。痛みを受容しつつ主人公は前を向いていくしかない。

 

2番

カムパネルラ そこは豊かか
君の目が 眩むくらいに
タールの上で 陽炎が揺れる
爆ぜるような 夏の灯火

真白な鳥と歌う針葉樹
見つめる全てが面影になる
波打ち際にボタンが一つ
君がくれた寂しさよ

2番でも1番と同様に「カムパネルラ…」と故人の名前を呟く歌詞から情景が展開されていきます。

 

上の段落の歌詞は、カムパネルラがいなくなったにも関わらず、皮肉にも明るく照らされる世界を嘆いている様子が綴られています。

ちなみに、タールとは石炭・木炭などの固体有機物の乾留によって生じる黒色または褐色の粘性の油状物質のこと。

簡単に言うと、いわゆる「ヤニ」と呼ばれるやつで、たばこを吸う際に必ず発生する煙のことですね。

 

次に下の段落の歌詞についてですが、ここがとても感慨深いです。

「波打ち際にボタンが一つ」という歌詞でピンときた人も多いかも知れませんが、実は詩人「中原中也」「月夜の浜辺」という作品から文章が引用されています。

 

この作品はまだ2歳だった愛児を病気で死なせてしまった中也が、その後に心の痛みを抱えながら詠まれた詩です。

 

中原中也は宮沢賢治を敬愛していましたし、「死」という大きなテーマを扱う「カムパネルラ」ひいては『銀河鉄道の夜』と関連性がすごく高いのです。

 

サルー
サルー

この起用は正直鳥肌モノでした、、、そしてクライマックスでは暗い情景が少しずつ美しみを帯びてきます。さらに歌詞を追っていきましょう!

 

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コメント

  1. 匿名 より:

    昔コールタールでアスファルト舗装していたと思うので、タールは真夏のアスファルトのようなイメージかと思います。

    • サルーサルー より:

      匿名さん明瞭な解釈のシェアありがとうございます。
      確かにと納得しました。
      アスファルトから陽炎が上がる情景でしたか、、、

  2. 匿名 より:

    私も『カンパネルラ』に惹かれて、米津さんのインタビューを参照にしつつ考察のために『銀河鉄道の夜』を読みました。
    しかし、リンドウの花言葉や中原中也の引用は気づきませんでした…!
    とても納得のいく解釈で素晴らしいと思います。参考になりました!

    • サルーサルー より:

      自分も銀河鉄道の夜を復習して記事を執筆していったのですが、言葉1つ表現1つを噛み砕いていくごとに、隠されたメッセージ性を発見することができて感動しておりました、、、

  3. 匿名 より:

    今日たまたま国語の教科書をみていたら月夜の浜辺を見つけて
    米津玄師さんのカムパネルラで似たような歌詞があるなと思って調べていたら辿り着きました。
    銀河鉄道の夜を読んだ事がなかったのですがわかりやすく解説してありとても分かりやすかったです。
    ありがとうございました

  4. J より:

    宮崎駿の千と千尋の神隠しに、20年越しに新説が出ていて、ハクの正体が、千尋の命を救った実のお兄ちゃんで、カムパネルラに重ねるとのことです。であるならば、この歌は千尋の視点の歌ということになりますね。なお、私はこの新説を知った時、心震え、泣きました。岡田斗司夫という方の解説動画でした。最近、銀河鉄道の夜がホットですね!

  5. 匿名残暑見舞い申し上げます より:

    この歌は心が持って行かれそうな気持ちになりす。海外のどこかの国の意味で、鐘……と、言うらしいのですが、鐘の響きもまた、綺麗です。ずっと、聴いていたい相変わらず、いいものを作ります。

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