【My Hair is Bad(マイヘア)】の
「芝居」について
歌詞の意味を徹底的に
考察および解説していきたいと思います。
個人的に本楽曲は、名曲揃いのアルバム「boys」の中でも、頭一つ抜きんでた名曲だと思っています。
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アルバム「boys」のラストを着飾る
本楽曲はアルバム「boys」を締めくくるバラードナンバーです。
上はトレーラー映像なのですが、
4:50から「芝居」
を視聴することができます。
アルバム収録曲の1つに留めるのは、勿体ないほどの良曲。さっそく楽曲考察に移っていきましょう。
楽曲名「芝居」とは
「芝居」とは
役者などが演技をすること。
演技そのもの。
という意味になっています。
この楽曲名が歌詞の内容と
どう関与しているのでしょうか。
歌詞
もしもこれが映画だとして
今日はどんなシーンだろう
ひとつも解決していないから
終わりはまだ先だろう肝心な台詞を間違えて
また人を傷つけたり
誰かの演技を真似てみて
より自分が分かったり急な即興で笑ってしまったり
あの名優がこの世を去ったり
一秒一秒全てのシーンがもう
撮り直せない幸せは思い出として古びていく
読み終えた台本や
着崩れした衣装たちが重なってる
このまま 出番は続いていく
残った傷も汚れも恥じたりしないでいい
美談だけじゃきっと映画を愛せないから悲しい台詞が増えたのは
嬉しい場面の前振りだろう
厳しい言葉が悔しいのは
本気になった証拠だろう台本のどこを探してもない
君の名前はもう書いてない
いくら拒んで逆らっても
次へページをめくらなきゃいけないから
何度も手に取る写真の君は
時間が経つたびにまた綺麗になったたまには 今までを再生してみる
砂嵐で歪んだり何も映らなかったり
きっとそれでいいこのまま僕は僕で古びていく
若い頃の台詞を指でなぞっては
恥ずかしくなったりする積み上げた作品が崩れること
人はそれを走馬灯と呼ぶらしいけど
今の僕が予告編になるような
長い映画を撮ることに決めたんだ作詞作曲:椎木知仁
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歌詞の意味・解釈
1番
もしもこれが映画だとして
今日はどんなシーンだろう
ひとつも解決していないから
終わりはまだ先だろう作詞作曲:椎木知仁
歌詞の「これ」にあたるのは「人生」です。
本楽曲では、
人生を映画という舞台に例えて
歌詞が綴られていきます。
そして、映画を提供するためには、それに出演する役者が必要です。
歌詞の解釈はまだ始めたばかりですが、ここでさっそくタイトル回収ですね。「芝居」というのは、出演する役者(本楽曲でいう「主人公」と後に出てくる「君」)が提供する映画のことだったのです。
また
今日はどんなシーンだろう
とありますが、綴られる
「今日」は何が起きたのでしょうか?
歌詞を追っていきましょう。
肝心な台詞を間違えて
また人を傷つけたり
誰かの演技を真似てみて
より自分が分かったり作詞作曲:椎木知仁
共感深い歌詞が綴られますね。
特に下段の
誰かの演技を真似てみて~
は核心をついていると思います。
皆さんは「ドラマツルギー」という、演劇・戯曲に関する理論を知っていますか?
簡単に言うと、この言葉の意味は
どんな人間も場面場面で役を演じている
といったところで、その役のもとになるのは「今までの人生で見てきた誰か」になります。
そして、その役を演じることで、苦楽を感じ取り、自分に合っているか合っていないかを学習して、自己を形成していくのです。
下段の歌詞では、
そんな心理が綴られているのです。
急な即興で笑ってしまったり
あの名優がこの世を去ったり
一秒一秒全てのシーンがもう
撮り直せない作詞作曲:椎木知仁
即興とは、その場の情景・出来事などに感じて起こった興味のこと。
人生は、そのときにならないと分からないことばかりです。
急な展開に気持ちが追いつかないは、よくあることだと思います。
「一秒一秒全てのシーンがもう撮り直せない」の部分を歌う椎木さんの歌声がやけに切なげですね。この理由は後の歌詞で明らかになります。
サビ1
幸せは思い出として古びていく
読み終えた台本や
着崩れした衣装たちが重なってる
このまま 出番は続いていく
残った傷も汚れも恥じたりしないでいい
美談だけじゃきっと映画を愛せないから作詞作曲:椎木知仁
幸せは思い出として古びていく
とあるように、
主人公の「幸せ」は過去にいってしまった
ようです。
どんな幸せを失ってしまったかは後の歌詞で明確になりますので、出来事の考察は保留しますが、ここの部分は切なさと皮肉が込められていますね。
どんなに不幸なことが起きても、
命ある限り人生は続いていくのです。
そんな
良くも悪くも取れる皮肉な現実を
このまま 出番は続いていく
という歌詞が表しています。
また
美談だけじゃきっと映画を愛せないから
の部分も非常に深いですね。
キラキラした思い出しかない人生なんてまずあり得ませんし、もしあり得たとするのならば、それはきっと色んなことを取り繕って形成された、仮初の人生でしかないのです。綺麗なものは泥臭さの中で、掴み取ってこそです。
だから、美談だけの人生は愛せない
といっているのではないでしょうか。
汚い部分や苦労した部分があるから、美しいドラマが生まれるものですよね。
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2番
悲しい台詞が増えたのは
嬉しい場面の前振りだろう
厳しい言葉が悔しいのは
本気になった証拠だろう作詞作曲:椎木知仁
かなり前向きな解釈が述べられています。
しかし、これはただポジティブなだけではなく、しっかり的を得た解釈なのです。
なぜなら
悲しいことが繰り返されると、
嬉しいの閾値が下がり、
嬉しいを感じやすくなります。
また、他人に厳しくされたり、
自分を酷評されたときに、
悔しく感じるのも、
一生懸命に取り組んだ証になるからです。
台本のどこを探してもない
君の名前はもう書いてない
いくら拒んで逆らっても
次へページをめくらなきゃいけないから
何度も手に取る写真の君は
時間が経つたびにまた綺麗になった作詞作曲:椎木知仁
ここで主人公を襲った不幸が回収されます。
台本のどこを探してもない
君の名前はもう書いてない
とあるように、主人公の背景にあるのは
恋人(君)を失ってしまった
という情景だったのです。
歌を聴いていると、この背景は容易に想像できたかと思いますが、この表現の仕方は胸にグサッと来ますね。言葉選びが秀逸的です。
また、後半の歌詞も切ない。
人生は後には戻らないから、台本で例えると次のページをめくるしかないのです。どんなに次のページをめくっても君の名前が書いてある台本はないから、思い出として残った写真を見るしかないのです。
想い出が美化されるのも共感深いですね。
サビ2
たまには 今までを再生してみる
砂嵐で歪んだり何も映らなかったり
きっとそれでいい作詞作曲:椎木知仁
君に対する未練がまだ残っているから、時折想い出そうとするけれど、時間が経つたびに思い出せる記憶は限られてくるのです。
しかし、全てを思い出してしまうと、君に対する恋心まで想い出してしまい、別れた悲しみがまた込み上げてきてしまうから、砂嵐で歪んで映らない記憶を、「それでいい」と言っているのでしょう。
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ラストサビ
このまま僕は僕で古びていく
若い頃の台詞を指でなぞっては
恥ずかしくなったりする積み上げた作品が崩れること
人はそれを走馬灯と呼ぶらしいけど
今の僕が予告編になるような
長い映画を撮ることに決めたんだ作詞作曲:椎木知仁
前半のラストサビは、特に男性には共感深い部分だと思います。
昔のセリフや送ったメッセージなんかを見返して、恥ずかしくなることってありますよね。
そして、後半の歌詞がグッときます。
本楽曲における、積み上げた作品が崩れるというのは、恋人との関係が終わった瞬間のことを指しているのでしょう。
ちなみに走馬灯とは、
自らの人生の様々な情景が、
脳裏に現れては過ぎ去っていくさま
を言います。
つまり、最後の文は
“恋人との二人芝居で築き上げたドラマが終わってしまったけど、これが前置きだったと言っても過言ではないほどの素敵な人生を、今後は築いていこう”
と言っているのです。
2番まで、君に対する未練が描かれていた分、この部分は余計に切なく、なおかつ力強く感じました。
まとめ
彼女と別れて傷心した主人公が、未練を残しつつも前に進んでいこうとする姿が描かれていましたね。
この曲絶対、名曲として残る!
と個人的に思いました。
なぜなら、「芝居」は歌詞が良すぎることに加えて、抑揚の効いたバラード調で、リスナーの心にガンガン訴えてくるからです。(私もやられました)
時間がある方は、こちらのまとめをどうぞ。
【My Hair is Bad/芝居】
歌詞の意味の解釈でした!(‘ω’)
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