2番
朝が嫌になった テレビも嫌になった
いつも時間に数字に 追われる毎日
不思議に思った 君は平気なんだろうか?
笑顔の裏に隠した 言葉はなんだ?
甘さを捨てて社会に挑み続けた主人公でしたが、確実に心は擦り減っていきます。
そんなとき、ふと主人公は思うのです。
「君は平気なんだろうか?」
恋人も主人公と同じくして社会人になっていたのでしょう。同じ境遇の彼女が平気な訳がありません。なぜなら自分自身がこんなにも擦り減っているからです。しかし、なぜか彼女は平然としているのでしょう。
だから
笑顔の裏に隠した 言葉はなんだ?
と、彼女を心配して気遣っているのです。辛い経験や悲しい経験をした人の方が優しくなれると言いますが、本楽曲の情景はまさにそれに当たるのではないでしょうか?
また、彼女の笑顔を疑ってしまうくらい、追い込まれた自分と平気そうな彼女の心境のギャップを感じているのも事実です。
主人公の思考回路から、辛すぎる境遇であることが伝わってきますね。
例えば 何十年か後に偉くなれたなら
そしたら 僕もあんな風に威張りだすんだろうか?
例えば 君が明日どこかへ逃げ出したなら
そしたら 「誰でもいいさ」と笑い出すのか?
1番のBメロと同じように、
皮肉めいた自問が繰り返されていきます。
相も変わらず、上司を見て
「こうはなりたくない!」
と感じているのです。
反面教師ってやつですね。
サビ2
嫌なこと全部飲み干して
その場をただただやり過ごして
すっかり甘くなって
苦さも感じなくなってしまったな
まだまだ全部飲み干して
いつかは全部吐き出して
それで笑って、歌っていられたらな
ここのサビも1番並みに巧いですね。
すっかり甘くなって
と、ありますが
自分の仕事に順応していくうちに、どこかで手を抜ける部分を見つけてしまったのでしょう。
1日の仕事を1杯のコーヒーだと仮定すると
同じ1杯を飲み干した時の
苦味が圧倒的に少なくなっているのです。
甘さが出ている(手を抜いている)からです。
また
苦さも感じなくなってしまったな
と、歌詞にあるように、仕事に慣れてくると初めはきつい仕事も簡単にこなせるようになってきます。
溢れ出す甘さと慣れる苦味で、いつかは仕事に対する苦痛がなくなったら(笑って歌っていられたら)な…と思っているのでしょうね。
3番
間違えたから謝るんだ
それくらい簡単ならば
笑って明日を待てるのに まだ
「出来ないから」と攻められてほら
このカップのふちで僕は
今も飛び込む時をそっと待っている
堪えて堪えて高いところから吐き出す時を
よく言われることですが、
社会人には責任がついてきます。
間違えたから謝る。
これで全てがチャラになるわけではないのです。
しかし、そんな苦痛の中に飛び込まないといけないのが、一般的な大人の定め。
だからどんなに追い込まれたとしても
このカップのふちで僕は
今も飛び込む時をそっと待っている
と、あるように社会(溜まったコーヒーの中)に飛び込んでいかなければならないのです。
<ラストサビはサビ1と同じであるため割愛します>
感想
いかがでしょうか。
歌詞考察の中でも述べましたが
はっきりとした応援歌というよりは、ただただ強く共感してくれる楽曲だったのではないでしょうか。
個人的に、悲しいこと辛いことがあって心が落ち込んでいるときに、「頑張れ!」と綴られる明るい歌なんて聴いてしまうと、逆にテンションが下がってしまいます。ギャップにやられちゃうのです。むしろ本楽曲のように、寄り添ってくれる楽曲の方が心を落ち着かせてくれます。
そう言った意味で、社会人の応援ソングとして、本当に支えになる楽曲だなと改めて思いました。
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歌詞の意味の解釈でした!(‘ω’)
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