【Official髭男dism/コーヒーとシロップ】歌詞の意味を徹底解釈!だたの応援ソングではない。

社会人の苦味と甘みを巧みに描く!

【Official髭男dism(通称:ヒゲダン)】

「コーヒーとシロップ」について

MVと歌詞の意味を徹底的に

考察および解説していきたいと思います。

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楽曲の基本情報

今回紹介する「コーヒーとシロップ」は、髭男の2ndミニアルバム「MAN IN THE MIRROR」の収録曲。冒頭でも述べたように、社会人に対しての歌詞が綴られており、是非とも社会人になったばかりの人や、これから社会に進出する学生さんには聴いて頂きたい楽曲です。かなり共感性が高いと思います。

 

またMVでは、メンバーのお洒落な演奏姿と女優の「小川あん」が演じるOLが映されています。「高畑充希ちゃん?」という声もMVのコメント欄には挙がっていましたが、そうではないのでご注意ください。MVの内容は、社会をテーマにしている本楽曲のイメージを鮮明に再現しています。

サルー
サルー

社会の辛さや悔しさ、それをバネにして頑張る姿、全てに共感して胸を打たれました。これから紹介していく歌詞の内容も然りです。

 

では、本題の楽曲考察に移っていきます。

楽曲名「コーヒーとシロップ」とは

コーヒーとは

コーヒー豆を原料とした芳香性の飲料のことで、苦味であることが特徴的です。

シロップとは

コーヒーを濃く煮出して糖分を加え,濃縮した液のことで、砂糖のように甘いことが特徴的。

 

楽曲紹介の欄でも口酸っぱく言いましたが

「コーヒーとシロップ」というタイトル自体が

酸いも甘いも知る社会人の姿。

を映しているのです。

サルー
サルー

センスの高い比喩表現ですよね。

では、これらを踏まえたうえで、歌詞の解釈・考察に移っていきます。

歌詞

「今会いたいな。嫌なことあったから」
そう言って僕は真夜中 君を起こした
寒い夜だった ため息は白くなった
カップに注いだコーヒーは憂いを映した

例えば 何十年か後に偉くなれたなら
そしたら これでよかったと笑えるんだろうか?
例えば 明日僕が会社を休んだなら
そしたら 「代わりはいるさ」と笑い出すのか?

嫌なこと全部飲み干して
その場をただただやり過ごして
カップの底見つめ
ふがいなさのシロップを落として
とにかく全部飲み干して
いつかは全部吐き出して
それで笑って、歌っていられたらな

朝が嫌になった テレビも嫌になった
いつも時間に数字に 追われる毎日
不思議に思った 君は平気なんだろうか?
笑顔の裏に隠した 言葉はなんだ?

例えば 何十年か後に偉くなれたなら
そしたら 僕もあんな風に威張りだすんだろうか?
例えば 君が明日どこかへ逃げ出したなら
そしたら 「誰でもいいさ」と笑い出すのか?

嫌なこと全部飲み干して
その場をただただやり過ごして
すっかり甘くなって
苦さも感じなくなってしまったな
まだまだ全部飲み干して
いつかは全部吐き出して
それで笑って、歌っていられたらな

間違えたから謝るんだ
それくらい簡単ならば
笑って明日を待てるのに まだ
「出来ないから」と攻められてほら
このカップのふちで僕は
今も飛び込む時をそっと待っている
堪えて堪えて高いところから吐き出す時を

嫌なこと全部飲み干して
その場をただただやり過ごして
カップの底見つめ
ふがいなさのシロップを落として
とにかく全部飲み干して
いつかは全部吐き出して
それで笑って歌っていられたらな

作詞作曲:藤原聡

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歌詞の意味・解釈

1番

「今会いたいな。嫌なことあったから」
そう言って僕は真夜中 君を起こした
寒い夜だった ため息は白くなった
カップに注いだコーヒーは憂いを映した

ここの部分だけに限局して読み取ってしまうと、ラブソングのように感じてしまうかも知れまんが、そうではありません。

あくまでも、社会の苦味と甘み

を謳っている歌です。ここの歌詞のような「憂鬱なときに頼れる君」関連の詞は、さしずめ甘み(シロップ)に含まれるといったところでしょうか。「嫌なことあったから」と綴られる、社会で起きた嫌なことが苦味(コーヒー)です。

サルー
サルー

「カップに注いだコーヒーは憂いを映した」という一文で、主人公を取り巻く情景が容易に想像できますね。この情景の伝え方が秀逸的。

例えば 何十年か後に偉くなれたなら
そしたら これでよかったと笑えるんだろうか?
例えば 明日僕が会社を休んだなら
そしたら 「代わりはいるさ」と笑い出すのか?

自分を苦しめる社会や上司に対して

かなり皮肉的に歌詞が綴られています。

ここのBメロは、主人公の社会でのポジションや扱いが想像できる分、心にジーンときますね。

 

  • 偉くなって威張る上司
  • 部下を軽んじる上司

を見て

「そんな風に僕もなってしまうの?」

と、問いかけています。

サルー
サルー

いや、そんな風になるわけない!そんな風になったら嫌だ!という主人公の心の声が聞こえてきますね。目の上のたんこぶは、どこの職場にもいるものです。

サビ1

嫌なこと全部飲み干して
その場をただただやり過ごして
カップの底見つめ
ふがいなさのシロップを落として
とにかく全部飲み干して
いつかは全部吐き出して
それで笑って、歌っていられたらな

社会人経験者からすると、あまりの共感性に胸が痛くなる内容なのではないでしょうか。

 

ボロボロに追い込まれる主人公。

しかし、泣き言は言ってられないから

甘さ(シロップ)を捨てて、社会に立ち向かう

のです。

サルー
サルー

この曲、改めて好感が持てるなと感じました。なぜなら、追い込まれている状況に対して、抽象的な「頑張れ!」という応援をするのではなく、「誰もがこうやって追い込まれるものなんだ」と説いてくれているからです。無責任に応援されるより、理解してくれる方が嬉しいものなのです(一社会人の意見)

 

また、あまりの共感性の高さに、
注目せずに飛ばしてしまいましたが

カップの底見つめ
ふがいなさのシロップを落として

という表現も巧みですね。

コーヒーに入れたシロップは、飲み干した後も底に残るもの。しかも、ゆっくり飲めば飲むほど、顕著に残ります。

これを本楽曲のメッセージ性として解釈すると

甘さを捨てて社会に適応しようと徹底しても(コーヒーを飲み干しても)、どこかで甘さは捨てきれていないもの(カップの底に残ったシロップ)。しかも、気を緩ませれば緩ませるほど甘さは出ちゃうから、とにかくガムシャラに頑張らないと(とにかく全部飲み干さないと)いけない。

といったところでしょうか。

こう考えると、コーヒーとシロップで社会を表すという発想が、いかに洒脱なのかが分かりますね。

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