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【ヨルシカ/春ひさぎ】歌詞の意味を徹底解釈!アルバム「盗作」の核となる物語?

【ヨルシカ】「春ひさぎ」について、歌詞とMVの意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

読みどころ

✔ 描かれるのは音楽を盗作した主人公?
✔ MVに込められたメッセージ性
✔ 生活の為に生きるよりも大切なこと

 

サルー
サルー

これまた物語性の強い楽曲となっていました。ヨルシカの新しい世界観を一緒に深堀していきましょう!

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楽曲の基本情報

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今回紹介していく「春ひさぎ」は、ヨルシカのアルバム「盗作」より先行リリースされた楽曲。

 

ヨルシカと言えば、前作のアルバム「エルマー」「エイミー」が魅せてくれたように、アルバム単位の物語を持っていることが唯一無二の特徴。

 

そして今作アルバムは「音楽の盗作をする男」を主人公とした男の“破壊衝動”を形にしたものになっています。

 

数々の名物語を紡いできたヨルシカの新作が「盗作」なんて、、、はじめて聞いたときは、緊張感と心躍る気持ちが混ざり合って息を飲みました。

 

先に楽曲考察を終えたうえで言うと、春ひさぎはアルバム「盗作」の物語において、核の部分になってると確信しています。

 

サルー
サルー

さっそく楽曲考察に移っていきましょう。まずはタイトルを噛み砕いていきます。

楽曲名「春ひさぎ」とは

「春ひさぎ」という意味深なタイトルについて、細かく噛み砕いていきます。実はこれに関してはYouTube上に公開されたMVのコメント欄に記載されていました。それが以下。

 

俺は泥棒である。
往古来今、多様な泥棒が居るが、俺は奴等とは少し違う。
金を盗む訳では無い。骨董品宝石その他価値ある美術の類にも、とんと興味が無い。
俺は、音を盗む泥棒である。
春をひさぐ、は売春の隠語である。それは、ここでは「商売としての音楽」のメタファーとして機能する。
悲しいことだと思わないか。現実の売春よりもっと馬鹿らしい。俺たちは生活の為にプライドを削り、大衆に寄せてテーマを選び、ポップなメロディを模索する。綺麗に言語化されたわかりやすい作品を作る。音楽という形にアウトプットした自分自身を、こうして君たちに安売りしている。
俺はそれを春ひさぎと呼ぶ。

 

主人公を取り巻く、楽曲背景まで理解できる、贅沢な長文コメント。

 

一般ウケする音楽。つまり「売れる音楽」を作るために、自分を形状変化させて大衆に当てはめていく。音楽家のやるせない葛藤が「春ひさぎ」には込められているのです。

 

そういえば今や国民的バンド「King Gnu」の作詞作曲を努める常田さんも同じような想いで『壇上』という楽曲を作っていました。やはり音楽家たちには共通する葛藤があるのです。

 

サルー
サルー

ではさらに深く楽曲のメッセージ性を理解していくために、歌詞をじっくりと見ていきましょう。

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歌詞

大丈夫だよ大丈夫
寝てれば何とかなるし
どうしたんだいそんな顔してさぁ
別にどうともないよ

駅前で愛を待ち惚け
他にすることもないし
不誠実の価値も教えてほしいわ

言勿れ 愛など忘れておくんなまし
苦しい事だって何でも教えておくれ
左様な蜻蛉の一つが善いなら忘れた方が増し
詮の無いことばかり聞いてられないわ
言いたくないわ

大丈夫どれだけも吐いても
言葉は言い足りないし
どうしたんだいあんたにわかるかい
この憂いが

玄関で愛を待ち惚け
囁く声で喘いで
後悔の悔を教えてほしいわ

陽炎や 今日などどうか忘れておくんなまし
悲しい事無しの愛だけ歌っておくれ
終いは口付け一つが善いのも言わない方が増し
詮の無いことでも忘れられないわ
知りたくないわ

陽炎や 今日などいつか忘れてしまうのでしょう?苦しいの
左様な躊躇いの一つが愛なら知らない方が増し
詮の無いことだって聞かせてもっと

言勿れ 明日など忘れておくんなまし
苦しい事だって何度も教えておくれ
無粋な蜻蛉の一つでいいから、溺れるほどに欲しい
詮の無いことだって聞かせてもっと
愛して欲しいわ

作詞:n-buna

歌詞の意味・解釈

1番

大丈夫だよ大丈夫
寝てれば何とかなるし
どうしたんだいそんな顔してさぁ
別にどうともないよ

まず前提としてお話ししたいのは、楽曲タイトル欄でも触れたように、音楽を盗作する男が主人公として設定されているということです。

 

男は売れる音楽を作るために、周囲の意見だったり、売れるための音楽ノウハウを研究して(盗んで)います。

 

そしてそれに対して思うことがあるのでしょう。男の顔は他人から見ても分かるくらいやつれているのです。

 

だけど売れる音楽を作ることは銭を稼ぐために必要。そのため「別にどうともないよ」と、自らの葛藤から目を逸らして生きていく、、、

 

サルー
サルー

ここから「商売としての音楽」に魂を売った男の物語が綴られていきます。

 

駅前で愛を待ち惚け
他にすることもないし
不誠実の価値も教えてほしいわ

ここのパートでは「売れる音楽」を作るために、世間から情報収集をする主人公が描かれています。まさに歌詞中の「駅前で愛を待ち惚け」は、それに当たる。

 

そして同タイミングで描かれるMVの映像は、木になる果実を食べるシーンが映されています。

 

食べ物が人そのものを形成するのに必要不可欠なことは言うまでもありませんが、音楽という形にアウトプットした自分自身を安売りしていることを春ひさぎというのであれば、食べている果実は音楽を作るための要素ということになります。

 

つまり歌詞に綴られる言葉も、MVの主人公の行動も、大衆受けの音楽を作るために外部刺激を取り入れている様子を示しているのです。細部に宿るメッセージ性がすごい。

 

さらに「不誠実の価値も教えてほしいわ」というフレーズも注目したいところで、こちらも「ウケの良い音楽の素晴らしさを教えて欲しいわ」といったニュアンスを含むのでしょう。

 

主人公からすると大衆からの意見を取り入れた音楽は、盗作と言っても差し支えないもの。自身を殺している音楽なんて「不誠実」と呼ぶに値するものなのです。

 

サルー
サルー

不誠実と分かっていながらも盗作音楽に身をゆだねている主人公の葛藤が伝わってきます。

サビ1

言勿れ 愛など忘れておくんなまし
苦しい事だって何でも教えておくれ
左様な蜻蛉の一つが善いなら忘れた方が増し
詮の無いことばかり聞いてられないわ
言いたくないわ

サビ1で描かれるのは、

  • とても大衆受けのいい音楽には取り入れることのできない愛

といったところです。

 

人生の中で主人公には愛を感じる瞬間があった。しかしそれは大衆受けとはいえない愛の形だったのでしょう。

 

率直な主人公の感性なんて音楽で生活することを考えると、詮の無い(利益のない)ことに成り下がってしまのです。だから切なくも「詮の無いことばかり聞いてられないわ」と綴られている。

 

また「左様な蜻蛉の一つが善いなら忘れた方が増し」も、同じようなメッセージ性を含んでいて、分かりやすく変換すると「音楽にすらできない自分の経験なんて忘れてしまった方がマシ」といったところ。

 

蜻蛉(かげろう)は、幻想を示す陽炎のメタファーなのでしょう。自身が歌にしたいことも歌にできない。苦しいけど生活のためには仕方ないのです。

 

サルー
サルー

1番では、生活の為にウケる音楽を作ってきた姿が描かれていました。これでいいんだと… しかし2番以降では、抑え込んでいた主人公の不満がついに爆発します。

2番

大丈夫どれだけも吐いても
言葉は言い足りないし
どうしたんだいあんたにわかるかい
この憂いが

2番では「生活のため…」と音楽を、そして自分自身を取り繕っていた主人公の化けの皮が剥がれていく。

 

MVに移される主人公の形も、1番では人の形のみでしたが、2番以降では一つ目の鬼のような姿に様変わりしています。

 

これは偽りの自分から抜け出しているさまと、偽りの言葉を吐く自分に憤りを感じている心が混ざり合った結果の姿なのでしょう。

 

ここまでのストーリーを押さえていると、歌詞中の「どれだけも吐いても言葉は言い足りないし」とあるのは、偽りの言葉だから、どんなに吐いても言い足りないのだと理解できますし、「あんたに分かるかい?」という問いも不満の表れであることが理解できます。

 

主人公は自分を押し殺せなくなってきているのです。

 

サルー
サルー

ここから考察の正念場…! 歌詞を追っていきましょう。

 

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コメント

  1. より:

    すげーー!!
    しっくりきた

  2. esti より:

    すごいなこれ。。。ぜんぜん気つがない

  3. より:

    n-bunaさんの表現力凄すぎる…!

  4. 匿名 より:

    読み取ったことがすごい、、、!

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