【ただ君に晴れ/ヨルシカ】歌詞とMVの意味を徹底解釈!あの正岡子規が参考にされている!?

【ヨルシカ】

「ただ君に晴れ」について

MVと歌詞の意味を徹底的に

考察および解説していきたいと思います。

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楽曲名「ただ君に晴れ」とは

「ただ君に晴れ」という曲名で思いつくものとして

晴れ=太陽、笑顔

などを連想させますね。

この楽曲名が歌詞の内容と

どう関与しているのでしょうか。

MVの意味・解釈

一目見た感想を言わせてもらうと

「夏の匂いや色」

を思い出させるとともに過ぎていく

夏の儚さ」

を感じさせられました。

MVを見るとしばし忘れていたであろう

「遠い夏の匂いや色」

それを引き出された衝撃にしばし呆然としてしまった自分がいますがそれほどに引き込まれる素晴らしいMVでした。

これがどのような形で
歌詞に関与してくるのでしょうか。

では、本題の歌詞に迫っていきます。

歌詞

夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた

バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる

だけ

鳥居 乾いた雲 夏の匂いが頬を撫でる
大人になるまでほら、背伸びしたままで

遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう
じきに夏が暮れても
きっときっと覚えてるから

追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く

口に出せないなら僕は一人だ
それでいいからもう諦めてる

だけ

夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識
記憶の中はいつも夏の匂いがする

写真なんて紙切れだ
思い出なんてただの塵だ
それがわからないから、口を噤んだまま

絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ

俯いたまま大人になって
追いつけない ただ君に晴れ

口に出せないまま坂を上った
僕らの影に夜が咲いていく

俯いたまま大人になった
君が思うまま手を叩け

陽の落ちる坂道を上って
僕らの影は

追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く

口に出せなくても僕ら一つだ
それでいいだろ、もう

君の想い出を噛み締めてるだけ

utaten.com

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歌詞の意味・解釈

1番

夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた

バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる

だけ

utaten.com

夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた

海月と書いてくらげと読みますがこちらには他にも次のような意味があります。

  1. 海上の空に出る月
  2. 海面に映っている月の影

これがどのような意味を持つのか、次の歌詞を見てみましょう。

バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる

あの夏の君が頭にいる、とありますがこれはバス停の背を覗いているのが現在(イマ)にいるであり覗いた先にいるは過去(あの夏)の人物なのがわかりますね。

先ほどの海月
海上の空に出る月がであり
海面に映っている月の影がを意味しているのだと思います。

だけ

彼にとっては思い出すだけなのです。

鳥居 乾いた雲 夏の匂いが頬を撫でる
大人になるまでほら、背伸びしたままで

遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう
じきに夏が暮れても
きっときっと覚えてるから

utaten.com

遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう
じきに夏が暮れても
きっときっと覚えてるから

冒頭の歌詞にもありましたがバス停は思い入れのある場所なのでしょうね。

そして夏の終わりを感じながらもこの思い出は大人になっても覚えていたいという強い思いを感じます。

サビ1

追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く

口に出せないなら僕は一人だ
それでいいからもう諦めてる

だけ

utaten.com

追いつけないまま大人になって
君のポケットに夜が咲く

追いつけないまま大人になってとありますがこれはの心を表しているものだと感じます。

は大人(現在)になってもがいたあの夏を思い出しています。これはきっと彼の時間はあの夏で止まっているから、体は成長しても心が囚われているからでしょう。

口に出せないなら僕は一人だ
それでいいからもう諦めてる

そんな現在(イマ)を彼は諦めて受け入れています。

だけ

彼にとっては諦めただけなのです。

2番

夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識
記憶の中はいつも夏の匂いがする

写真なんて紙切れだ
思い出なんてただの塵だ
それがわからないから、口を噤んだまま

絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ

utaten.com

夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識
記憶の中はいつも夏の匂いがする

山桜桃梅(ユスラウメ)とは花の名前ですね。

晩春に咲く花で花言葉は

「郷愁」

「輝き」

の二つがありますね。

晩春に咲く花なのでがいる現在(イマ)は春が終わり夏が近づいている季節です。

そして山桜桃梅の花言葉である「郷愁」は故郷を思い出して寂しく思うといった意味ですがここでは記憶の中にいるを思い出して寂しさを感じている様に感じます。

写真なんて紙切れだ
思い出なんてただの塵だ
それがわからないから、口を噤んだまま

写真や思い出なんてゴミだと、そう感じているのには違和感を抱いていて、それが何なのか分からないから言葉にできないのでしょう。

そして綴られる

絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ

これは明治時代の俳人、正岡子規の俳句がモデルになっています

いこふとは休息するという意味です。
夏野の石とは広い野原にある石を指しているのだと思います。

全体の意味としてはいつもそこを通る君がそこにある石に腰を落として休憩をしているといった意味になりますね。

彼は現在(イマ)でそこにある石を見てがいた夏を思い出しているのです。

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