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【ヨルシカ/レプリカント】歌詞の意味を徹底解釈! 人間は皆何かのレプリカ…?

【ヨルシカ】「レプリカント」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

注目ポイント

✔ 過去の映画を模したタイトル

✔ 痛烈なサビの歌詞の意味

 

骨助
骨助

「僕らみんなレプリカだ」「さよなら以外全部塵」など強烈なワードが並ぶ歌詞。じっくり考察していきます…!

 

 

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哲学的で美しいロックチューン

今回紹介していく「レプリカント」はヨルシカのコンセプトアルバム「盗作」収録の爽やかなロックチューン。

今回のアルバムでは「音楽の盗作をする男」を主人公とした男の”破壊衝動”が描かれており、「レプリカント」もその世界観と密接に関係する内容となっています。

 

キャッチーなメロディに反するように、歌詞はかなり意味深長で哲学的

主人公の感情を反映して、感情的で攻撃的な歌詞も数多く登場しています。

 

骨助
骨助

安っぽい言葉にはなってしまいますが、いかにも ”ヨルシカらしい” 美しい楽曲です。

楽曲名「レプリカント」とは

「レプリカント」人造人間を指す言葉。

 

元々は1982年公開のSF映画「ブレードランナー」にて登場する人造人間の総称として「レプリカント」という造語が用いられたのが起源とのことですが、以降創作における人造人間をあらわす単語として広く用いられています。

 

「ブレードランナー」は人間と人造人間「レプリカント」の戦いを基に、人間の自己認識とは何なのかを描いた作品。

「レプリカント」の歌詞はいやがおうにも「ブレードランナー」の物語を意識させる内容になっており、この楽曲もまたある意味で主人公が他人の作品をオマージュした「盗作」の一つであることがわかります。

 

 

この楽曲名が歌詞の内容とどう関与しているのでしょうか。

 

骨助
骨助

さっそく歌詞を見ながら考察を深めていきましょう。

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歌詞

君は映画をずっと観ている 誰一人もいない劇場で
今思えばチープなセットで人がよく死ぬSF映画

いつか世界がまともになって 人の寿命さえずいぶん伸びて
死ねない世界になればいいのにね

そしたら心以外は偽物だ 言葉以外は偽物だ
神様だって作品なんだから 僕らみんなレプリカだ
いつか季節が過ぎ去って 冷たくなって年老いて、そのときに

僕は映画をずっと観ている つまらないほどに薄い映画
席を立ってからやっと気づく これは僕を描いたドラマだ

いつか僕らは大人になって 手に入れるものも大きくなった
次は愛でも買えればいいのにね

あんたの価値観なんて偽物だ 思い出だって偽物だ
心は脳の信号なんだから 愛もみんなレプリカだ
いつか季節が過ぎ去って、思い出ばかりが募って
そのときに

満たされるならそれで良かった 歌を歌うのに理由もないわ
他人のために生きられない さよなら以外全部塵
人を呪う歌が描きたい それで誰かを殺せればいいぜ
夏の匂いに胸が詰まっていた

僕らの心以外は偽物だ 言葉以外は偽物だ
この世の全部は主観なんだから 君もみんなレプリカだ
さよならだって投げ出して このまま遠く逃げ出して

言葉で全部表して 心も愛も書き出して
それでも空はひどく青いんだから それはきっと魔法だから
いつか季節が過ぎ去って 冷たくなって年老いて
その時にやっとわかる 僕にもその青さがわかる

 

作詞:n-buna

歌詞の意味・解釈

1番

君は映画をずっと観ている 誰一人もいない劇場で
今思えばチープなセットで人がよく死ぬSF映画

さっそく映画関連の歌詞が登場します。

 

残念ながら映画「ブレードランナー」はあらすじしか存じ上げていないので何とも言えない部分ではありますが、恐らく1982年公開の映画なので今思えばセットはチープでしょうし人がよく死ぬSF映画であることは間違いありません。

これが直接「ブレードランナー」のことを言っているのかは定かではありませんが、少なからず意図して書かれた歌詞であるように思います。

 

よってこの部分の歌詞は、主人公がさりげなく盗んだ作品の出典を示しているものなのではないでしょうか。

 

いつか世界がまともになって 人の寿命さえずいぶん伸びて
死ねない世界になればいいのにね

「死ねない世界になればいいのにね」

ここでは結構あっけらかんとした様子でそう歌われています。

 

散々他の楽曲で「さよなら」とか終わりの美しさを歌ってきた主人公が唐突に死ねない世界を望むことにはいくらか違和感を感じますが、おそらく世間一般論を代弁するくらいの割と軽い意味での歌詞なんじゃないかな、と個人的には感じています。

幸せに暮らせて寿命も長かったらいいな、くらいの理想を述べているのでしょう。

 

もし本気で主人公が死ねない世界を望んでいるのだとしたら、そんな思想に至った経緯を歌った楽曲が3曲くらいあってもおかしくないと思うのですがそれもありませんので。

 

「いつか世界がまともになって」とある通り主人公にとって今の世界はまともではないので、彼は今の世界で寿命が延びることを望んではいません。

 

サビ1

そしたら心以外は偽物だ 言葉以外は偽物だ
神様だって作品なんだから 僕らみんなレプリカだ
いつか季節が過ぎ去って 冷たくなって年老いて、そのときに

もしも死ねない世界だったとしたならば。

主人公曰く、心と言葉以外は全部レプリカ(模造品)であってそれは本物にはなり得ません。

 

突き詰めていけば「本物っていったい何?」みたいな哲学的な議論に発展してしまいそうですが、ここで言われているのは作品としての話なのかな、と思います。

 

人が死ねないのだとしたら、人間の生き方というのは作品そのもの。芸術と同じように、永遠にこの世に残り続けます。

しかし神様でさえ所詮作品。語弊を恐れずに言ってしまえば、昔誰かが作った概念でしかありません。

「神様」というものを前提として価値観や思想が形作られている人間なんてものは、誰かが作った作品を模倣しているだけ。

無神論者だって宗教以外のどこかでは、誰かの作った価値観に囚われて生きているはずです。

 

言ってしまえば、僕ら人間はみんな過去の作品のレプリカにすぎないのです。

まさに人間のレプリカである「レプリカント」と人間は、実は何も変わらないのかもしれません。

 

後半の歌詞はラスサビへとつながる歌詞なのでここでは触れないものとします。

2番

僕は映画をずっと観ている つまらないほどに薄い映画
席を立ってからやっと気づく これは僕を描いたドラマだ

1番では主語が「君」でしたがここでは「僕」の話に。

 

主人公は映画の薄い内容に不満を漏らしていましたが、席を立ってからあることに気が付きます。

これは自分を描いたドラマだったのだと

 

恐らくですが、ここでの「映画鑑賞」というシチュエーションはいわゆる比喩表現であって実際は主人公は自らの人生を全うしているだけなのだと思います。

 

道を歩いていて、その景色のつまらなさに不満を抱いていた主人公。

しかしふと立ち止まった時にハッと気づくのです。これが自分の人生なのだと。

 

流石に主人公の人生ドラマは人がよく死ぬSF映画ではないし主語も違うので、先ほどの「ブレードランナー」の話とはまた別の話でしょう。

 

いつか僕らは大人になって 手に入れるものも大きくなった
次は愛でも買えればいいのにね

ここも割と世間一般論的な願望です。

 

かなり現実を見ている主人公が「愛を買えたらいいな」なんて夢みたいなことはまさか本気では思っていないでしょうが、もしそうだったらいいよね、という話。

 

残念ながら愛なんか買えやしないことを主人公はよくわかっています。

 

サビ2

あんたの価値観なんて偽物だ 思い出だって偽物だ
心は脳の信号なんだから 愛もみんなレプリカだ
いつか季節が過ぎ去って、思い出ばかりが募って
そのときに

一番のサビの歌詞では「もし死ねない世界だったら…」という前提がありましたが、ここではもっと根本的な部分を掘り返しています。

 

心なんて所詮脳の信号です。価値観も思い出も愛もすべて。

 

つまり仮に愛や価値観に本物と呼べるものが存在したとしても、今僕らが思い浮かべているそれは脳から送られてきた単なる電気信号であって本物であるはずがない。

思い出となる出来事自体は本物だろうけど、それを思い出したときに心に浮かぶ景色は信号であってただのレプリカに過ぎない。

 

だから「心」が本物であっても、人間が脳の信号を経由して物事を認識する限り、価値観も愛も思い出も偽物です。

 

主人公に言わせれば、全部「盗作」なのです。

 

骨助
骨助

3番では主人公の心境がさらに強烈な言葉で綴られていきます。

 

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