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【ヨルシカ/老人と海】歌詞の意味を徹底解釈!名作小説をオマージュした爽やかなナンバーを考察。

3番

靴紐が解けてる 僕はついにしゃがみ込む
鳥の鳴く声だけ聞こえてる
肩をそっと叩かれてようやく僕は気が付く
海がもう目の先にある

ここでついに、しゃがみ込んで老人の履いている靴の紐に手をかける少年。

海がすぐ目の先にある事にも気が付いていないし、波の音も耳に入っていません。

解けた靴紐の体裁やちょっとした不便さに目を奪われ、視野が狭くなっているようにも見えます。

 

そんな少年の肩を老人はそっと叩き、海が目前に迫っていることを伝えます。

 

大いなる海の前では、そんな小さなことはどうだっていい。

世の中での体裁とか、多少の不自由なんてのはここではちっぽけなものだ。

もっと自由でいい。

 

そんなことを、周りが見えなくなってしまっている少年、ひいては私たちに伝えているようにも思えてきます。

 

ラストサビ

あぁまだ遠くへ まだ遠くへ
僕らは心だけになって
まだ遠くへ 海も越えてまだ向こうへ
風に乗って 僕の想像力という重力の向こうへ
まだ遠くへ まだ遠くへ
海の方へ

作中の老人にとって「海」は人生であり、夢の全てです。

この場所を越えて、風に乗って、想像力の向こうへ。

なんなら海すらも越えて、まだ遠くへ。

ずっと追いかけ続けてきたカジキ。今も夢に見るライオン。

そこには、私たちの想像すらも越えていく何かがきっと待っています。

 

世の中に囚われないで、もっと自由になって、目の前にあるもっと大きなものに目を向けよう

もっと先の景色を見よう。

それがこの楽曲が暗に示すテーマになっているように思えてきます。

 

僕らは今靴を脱ぐ さざなみは足を舐む
貴方の眼は遠くを見る
ライオンが戯れるアフリカの砂浜は
海のずっと向こうにある

楽曲の最後の歌詞で、ついに彼らは靴を脱いで裸足になります。

 

「老人はライオンの夢を見ていた。」

小説『老人と海』の最後の一文です。

原作において老人は眠りにつくたびに、若き日にアフリカの砂浜で見たライオンの姿を何度も夢に見ます。

誇り高く、威風堂々としたその姿は彼の憧れであり、願望であるとされています。

 

《ライオンが戯れるアフリカの砂浜は 海のずっと向こうにある》

 

海の向こうの、大いなる景色に思いを馳せた楽曲。

遥かな可能性を感じさせてくれるような、開放感あふれるナンバーでした。

 

【ヨルシカ/老人と海】

歌詞の意味の解釈でした!

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コメント

  1. ソル より:

    初めまして。とても良い文章拝見しました。
    私は韓国人ですけど、この曲についてよく知りたがっている人たちがあるんです。
    もし良ければ、商業的な利用はしないという前提でこの文章を私個人のブログに翻訳させていただけませんか。

    • 骨助骨助 より:

      コメントありがとうございます!
      翻訳された文章をブログに掲載されるのであれば全く問題ありません。
      この記事のリンクを端っこにでも書いておいていただければ幸いです。

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