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【Official髭男dism/アポトーシス】歌詞の意味を徹底解釈! いつか訪れる「死」を歌ったナンバー。

【Official髭男dism】「アポトーシス」について、歌詞の意味を徹底的に考察および解説していきたいと思います。

 

注目ポイント

✔ タイトル「アポトーシス」の意味

✔ いつか来る ”死” と向き合う二人

 

骨助
骨助

「死」をテーマとした歌詞は残酷な面もありますが、髭男らしい優しい温もりを感じられるものでした。ぜひ最後までお読みください…!

 

 

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タイトル「アポトーシス」とは

今回紹介していく「アポトーシス」はOfficial髭男dismが2021年8月18日にリリースするメジャー2ndアルバム『Editorial』のリードトラック。

アルバムの発売に先駆け、8月11日には本楽曲の配信もスタートしています。

 

「アポトーシス」というタイトルは、生物関係の用語でプログラム化された細胞の死を指す言葉です。

要するにその細胞が発生した時から既に予定されていた自然な細胞死で、例えばオタマジャクシの尻尾の細胞は最初からある時期に死滅するようにプログラムされているのでカエルになると無くなってしまいます。

カエルに限らず、人間を含むさまざまな生物の身体で日常的に起こっている現象です。

 

一体今回の「アポトーシス」は何を歌った楽曲なのか。

この記事ではその歌詞を詳しく考察していきます。

 

骨助
骨助

さっそく本題の歌詞を見ていきましょう…!

歌詞

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね

恐るるに足る将来に あんまりひどく怯えないでダーリン
そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

さよならはいつしか 確実に近づく
落ち葉も空と向き合う蝉も 私達と同じ世界を同じ様に生きたの

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今
鼓動を強めて未来へとひた走る
別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように

いつの間にやらどこかが 絶えず痛み出しうんざりしてしまうね
ロウソクの増えたケーキも 食べ切れる量は減り続けるし

吹き消した後で包まれた この幸せがいつか終わってしまうなんて
あんまりだって誰彼に 泣き縋りそうになるけど

さよならはいつしか 確実に近づく
校舎も駅も古びれてゆく 私達も同じことだってちゃんと分かっちゃいるよ

今宵も明かりのないリビングで 思い出と不意に出くわしやるせなさを背負い
水を飲み干しシンクに グラスが横たわる
空っぽ同士の胸の中 眠れぬ同士の部屋で今
水滴の付いた命が今日を終える
解説もないまま 次のページをめくる世界に戸惑いながら

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
焦りを薄め合うように 私達は祈る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の腕で今
躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる
別れの時まで ひと時だって愛しそびれないように そう言い聞かすように

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
もう朝になるね やっと少しだけ眠れそうだよ

 

作詞:藤原聡

歌詞の意味・解釈

1番

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね

恐るるに足る将来に あんまりひどく怯えないでダーリン
そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

 

記事の冒頭でも説明しましたが、「アポトーシス」とは約束された細胞の死のこと。

そして私たち人間の命もまた、細胞がアポトーシスで消えてしまうように、いつかは確実に死を迎えるように最初からプログラムされています。生まれた時から、いつか死んでしまうことは決定しています。

 

《訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン》

今回の楽曲は、いつかは必ず訪れる人間の “死” と向かい合ったややシリアスなナンバー

タイトルの「アポトーシス」は人間の運命を細胞の死に例えたものなのでしょう。

 

《こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね》

「老いた」と言ってしまえばそれまでですが、「素敵になったね」という表現がとっても優しくて素敵ですね。

楽曲に登場する主人公とそのダーリンは出会ったばかりの甘酸っぱい恋愛関係ではなく、すでに年齢を重ねて関係を深め合っています。

だからこそ、若い頃はきっと考えもしなかった ”死” がだんだん近づいて来ていることを恐れているのです。

 

さよならはいつしか 確実に近づく
落ち葉も空と向き合う蝉も 私達と同じ世界を同じ様に生きたの

「アポトーシス」という言葉は「apo-(離れて)」と「ptosis(下降)」に由来していて、「(枯れ葉が木から)落ちる」という意味を持っています。

 

木から離れて落ちて行く枯れ葉も、夏に短い命を全うする蝉も、《私達と同じ世界を同じ様に生きたの》

同じように私たちも、同じ世界で命を燃やしてあっという間に死んでしまう。

そう匂わせる歌詞は残酷にも聞こえますが、実際そうなのだから仕方ありません。

 

《さよならはいつしか 確実に近づく》

主人公は、自分たちの命の終わりがいつか訪れることを強く意識しています。

 

サビ1

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る
似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今
鼓動を強めて未来へとひた走る
別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように

《今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる》という歌詞からサビは始まりますが、鐘が鳴る方角に何があるかを考えてみると、ふつうそこにはお寺があります。

また寺院墓地がある場合、鐘がなるお寺の近くにはお墓が立てられているはずです。

言うなれば《鐘が鳴る方角》は、この楽曲において死を意識させる方角であると捉えることも出来るでしょう。

 

祭りの後みたいに静まり返った《鐘が鳴る方角》から、なるべく遠くへ行こうと焦る二人。

この歌詞は、暗に二人が死を恐れ、そこから離れようとする様子を描いているのではないでしょうか

 

《別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように》

死を意識しないように、必死に二人は未来へとひた走っています。

 

2番

いつの間にやらどこかが 絶えず痛み出しうんざりしてしまうね
ロウソクの増えたケーキも 食べ切れる量は減り続けるし

吹き消した後で包まれた この幸せがいつか終わってしまうなんて
あんまりだって誰彼に 泣き縋りそうになるけど

1番に《こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね》という歌詞がありましたが、ここではその《素敵になった》二人が具体的に描かれています。

《ロウソクの増えたケーキ》が登場するので、誰かの誕生日なのでしょう。

 

身体は痛むし、ケーキを食べきれる量も減ってしまった。

年齢を重ねた二人は、言ってしまえばだんだんと老いています。

 

もう彼らは、無邪気に誕生日を喜べる子供ではありません。

《この幸せがいつか終わってしまうなんて あんまりだって誰彼に 泣き縋りそうになる》

誕生日は幸せなのだけれど、その度に体の衰えを感じて、人生の終わりが近づいて来ていることを知って悲しくなってしまうのです。

 

骨助
骨助

ここからの歌詞でも二人は ”死” と向き合いながら、眠れぬ同士肩を寄せ合います。

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コメント

  1. higedan315 より:

    深すぎる歌詞に、改めて聡ちゃんの稀有な才能を思い知らされました。
    歌詞の内容が、あまりにも突き刺さり、でも、老いというものをすごく綺麗に表現してくれてる優しさも同時に感じました。素晴らしい解釈ありがとうございました

  2. 飛田まゆみ より:

    本当に、心に響きました。気持ちは、走っているのに、身体は、ついていかず、もどかしい毎日。つい口論となってしまい後悔。自分たち夫婦に重ねて、涙しました。

  3. しろらん より:

    最後の方の解釈は違いました。
    歳を重ねて行って、死が怖いと思うのは、若い人からの目線だからじゃないでしょうか?
    いつかは死が来るのは、歳をとればとるほどわかっています。
    どんなに元気でも、段々と思うように動かなくなる身体や手足、お迎えを何となく迎える準備は、誰しも出来ていて、余生を楽しむようになると思いますよ。

  4. Uwin より:

    Mステを見て泣きそうになりました
    2番のAメロが悲しくて・・・

  5. こにたん より:

    もうひとつの解釈を書きます。

    この曲の語りの主体である「私」とは「細胞(遺伝子)」です。

    この詩は人の意識や魂を超えたところにある
    細胞という存在が人に語りかけている唄なのだと思います。

    魂と神との中間の存在ともいえる「細胞(遺伝子)」が
    細胞の集合体であり無知のまま老いゆく人間にやさしく「ダーリン」と語りかけている死と再生を巡る命の交響詩が本作品なのです。

    「訪れるべき時」は人の「死」
    しかし「死」により人の意識や細胞は滅してしまいますが、
    遺伝子は受け継がれ命は継承される。
    未来へとひた走り次のページがめくられるのです。

    死と再生もしくは永遠の命というテーマが
    新鮮に荘厳に織り込まれていて
    私たちの魂が無性に動かされてしまうのだと思います。

  6. のの より:

    本当に美しい曲です。
    さとっちゃんが20代最後の年をかけてつくった曲だと知って、感動しました。

  7. さら より:

    コロナ時期、考えさせられた歌詞です。クソ旦那で気持ち的に低迷期ですが終わりを考えたらやっぱ悲しいです。クソ旦那はこの歌に感謝しないといけないな。

  8. ジニア より:

    細胞が生まれた時からプログラムされている死、先日母が亡くなった時に方丈さんからのお話で、昔、一休僧正は始まりは終わりの始まり、嬉しくもあり悲しくもありと唱えていたと話してくれました。アポトーシスという概念が無くとも通じるところがありますね

  9. blue より:

    自分はこれを聴いて、癌の闘病生活を送っていた母親を思い出したね。
    若い世代の方が、人の世の理を悟って謳うと言うのだろうか。余命宣告を受けた誰かとの思い出、もしくはそのような主人公が登場する物語を描いたと思えるんだが。

  10. ハル より:

    先日、妻が旅立ちました。
    病気がわかってから1年半、「訪れるべき時」をずっと意識しながらふたりで過ごしてきました。
    その間、30年あまり一緒にいた時間を振り返りながら、新しい思い出もつくっていきました。
    この曲は今の私に響きすぎるほど響き、痛みすら感じるほどです。

  11. 聡さん歌詞凄すぎ より:

    バツイチ人生の後半に訪れたある男性との出逢い。
    彼は35年連れ添った奥様を希少ガンで亡くしたそうです。
    沢山の想い出を話してくれましたが、
    病状を表に出さず、弱音も口に出さず、ある朝突然に旅立った彼女
    きっとこの歌詞の冒頭のように心の中で呟いていたのだと、、、
    心を揺さぶられました。
    彼とのロマンスは人生柄続きはしないことを、、、
    って、、、考えさせられ
    その後にapoptosis
    こんなにも人の心を揺らす音楽をありがとうございます。

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