3番
大したもんじゃない 無駄なもんじゃない
視野は脳裏を 寛大にしていくように
ずっと もうずっと 茶化されようが
折れない砂の罠可能性が 見逃せるならば
可能性を 諦められないから
未だ
どれだけ大人たちに茶化されようが、砂の罠のように抜け出すのが困難な場所であろうと絶対に折れない。
この部分の歌詞には、主人公たちの強い意志と覚悟が感じられます。
《視野は脳裏を 寛大にしていくように》の解釈が難しいところですが、私個人的には《残酷な現実を見せつけられることで現状を受け入れてしまいそうになるけど…》といった方向で解釈しています。
モザイクがかかったように、俯瞰で見るとなんとなくニュアンスは伝わってくるけれど細かい部分が一体何なのかは全く分からないのがACAねさんの歌詞の難しいところです。
やろうと思えば可能性を見逃せたとしても、可能性がある限り諦められない。
彼らは少なくない犠牲を払いながら、今いる環境からの脱出を試みます。
それがたとえ愛した人を傷つけることになったとしても。
ラストサビ
正しくなれない 君が僕をみた
片っっ端から確かめたくて
考え続けたい
偽りで出会えた 僕らは何一つも全て嫌われても
奪われてないから
最後のサビの歌詞には《正しくなれない 君が僕をみた》とありますが、漢字がそう当てられているだけで実際は《霧が毒をみた》あるいは《君が毒をみた》と歌われている気がします。
”君” は霧に紛れて消えてゆき、”僕” は誰かにとっての “毒” に 。
彼らは永遠に正しくなることはできません。
自分のやろうとしていることが誰かにとって間違いであることなんて、現実でも往々にしてあります。
誰かの正義は誰かの悪。
「約束のネバーランド」において彼らの追い求める【脱出】という理想は、間違いなく、曲がりなりにも愛情をもって自分たちに接してくれていたママへの裏切りです。
私たちはきっと、永遠に誰かにとっての間違いであり続けます。
《僕らは何一つも 全て嫌われても 奪われてないから》
それでも私たちは何も奪われてない。
偽りで出会えた撓る枝分かれ。
ただ違う道を歩いていくだけ。
何も失ってなんかいない。
そう何度も言い聞かせながら、彼らはきっと生きていくのでしょう。
物語をなぞりながら、その結末をACAねさんらしい言葉で描きなおした至高の一曲。
「約束のネバーランド」を知る全ての人に聴いてほしい楽曲でした…!
感想
映画の世界をACAねさんの稀有な感性で言語化した、「約束のネバーランド」新解釈ともいえる楽曲。
映画主題歌となるとずとまよの他の楽曲とはまた少し違った一面が見れるのが面白いところです。
【ずっと真夜中でいいのに。/正しくなれない】
歌詞の意味の解釈でした!
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コメント
学校で考察を書くときに役立ちました❗️ありがとうございます
やっぱりそうなんだなと改めてわかりました。
なんじゃこらっていう歌詞があったので、実際にはない言葉だと分かりスッキリしました
皆さんは、真実を知らないほうがしあわせだったなーって思ったことありますか。
私は、ないです